第二話 出会い
古臭いアパートから出て近くに置いてある自転車に乗る。天気は良いが、まだ少し肌寒い。風が吹くとなおさらだった。スマホで時間を確認する。現在7時30分を過ぎたところだった。
(よし、行くか)
自転車を漕ぎ出し高校へ向かう。中学校は地元だったので、まったく新しい通学路で通うことになった。見慣れた町の景色を眺めながら自転車を漕ぐ。
20分ほどして隣の天沢市に入った。自分が住んでいる美佐田町は人口1万5千人ほどの田舎町、天沢市は人口5万人ほどの小さな市で、美佐田町より少し栄えているといった感じだ。
(ちょっと疲れたな。水でも買うか)
そう思い、近くの自販機で水を買う。財布の中には500円ほどしか入っていなかった。そのため100円の水でさえ高級品に思えた。
(…今度から水筒を用意しよう)
反省しつつまた自転車を漕ぎ出した。さらに20分ほどしていよいよ今日から通う天沢高校が見えてきた。天沢高校は自分が住んでいる地域の高校では唯一の進学校だ。だから地元の高校ではなく、隣の天沢高校を選んだ。
校門の前まで来て、もう一度スマホで時間を確認すると、時刻は8時15分だった。校門の前には先生と思われる人が一人と、異様な雰囲気を漂わせる二人の先輩?と思われる人達が立っていた。校門を通り過ぎ、自転車置き場に自転車を置く。辺りを見渡してみると、自分と同じと思われる新入生が続々と校内に入っていくのが見えた。
(当然だけど全然知ってる人いないな…)
同じ中学校の人達はほとんど地元の美佐田高校に進学した。友達もほとんどが美佐田高校だ。天沢高校に友達は一人も進学しなかった。そのため、高校生活が不安で仕方がなかった。
(はぁ…大丈夫かな俺…)
そう思いつつ校内に入り、自分が入る教室を確認する。
(えっと、俺は…1年2組か)
確認した後足早に教室に向かう。今年の入学生は約240人でクラスは全部で6クラスある。廊下を歩き、2組の教室の前で止まる。俺は少し息を整え、心を落ち着かせた。
(入るか…)
ゆっくりと教室のドアを開ける。教室には半分以上の人が既に席に着いていた。友達同士なのかわからないが4人で喋っている女子と、教室の後ろで立ち話している男子以外は全員静かに過ごしていた。
席を探すと自分の名札が置いてある机を見つけた。窓側から2列目で後ろから2番目、という位置だった。
席に座りスマホを眺める。時刻は8時20分、8時半までまだ10分あった。
(はぁ…なかなか気まずいなこの状況。)
そう思っていると、後ろから肩をトントンされた。驚いて、急いで振り返る。後ろには眼鏡をかけ、少し茶色がかった髪の男子が座っていた。
「突然ごめん。俺、菊池直瀬って言うんだけど、君の名前は?」
唐突な自己紹介に驚いたが、冷静になり、自分も自己紹介をする。
「あぁ俺は片瀬光鷹って名前なんだ。よろしくね。」
「へぇ〜片瀬って名字聞いたことないな。珍しい名字だね。」
自己紹介が済んだところで教室に先生が入ってきた。恐らく担任の先生だろう。直瀬に小さく「また後で」と言い、前を向く。
入ってきた先生は男の先生だった。優しそうな先生だが、怒るとかなり怖いタイプだと感じた。
「今日から1年2組を担任する後藤翔悟と言います。32歳です。これから一年よろしくお願いしますね。」
先生は自己紹介が終わると、出席を確認し、次に学校についての説明を簡単に話し、続いて入学式の話をした。話が終わると、9時前だった。もう少しで入学式が始まる。
「では廊下に出席番号順に並んでください。」
先生に言われみんな一斉に廊下に並びだした。他の教室の人も続々と廊下に並び始めていた。
(なんか緊張するな)
入学式が行われる体育館に一年生が一斉に向かう。体育館には上級生、学校の先生、来賓の方たちが既にイスに座っていた。1組の人達が体育館に入ると、吹奏楽部の演奏が始まると同時に拍手で迎えられた。
用意されていたイスに一年生が全員座ると、演奏が終わり、一気に静かになった。
そしてそのまま式が始まった。式は2時間ほど続き、新入生の代表の挨拶が終わると、式の一切が終わり、一年生は退場した。
(あぁ疲れた…本当に学校の〜式は退屈すぎる)
と思っていると後ろから
「片瀬君、お疲れー。話長いよなー。」
と、直瀬が話しかけてきた。
「お疲れ直瀬君。ほんと退屈すぎて死ぬかと思ったよ。」
「大袈裟だなぁ。まぁでも俺も退屈で途中から睡魔に襲われてたよ。」
「あぁ隣で見てたよ、その様子。ちょっと面白かったからそのままにしといた。」
「おいおいそれはひどいだろー。眠らないように起こしてくれても良かったじゃん?」
「悪い悪い。次は起こしてやるからさ。」
入学式の話で盛り上がり、直瀬との仲が深まった気がした。気も合いそうな感じもする。友達というには早いかもしれないが、話せる人ができて嬉しかった。
話していると先生が入ってきた。
「入学式お疲れ様でした。今日はこれで終わりになります。明日から授業が始まるので忘れずに。それと、放課後は応援団による応援歌練習もあるので頑張ってください。それではみなさん気をつけて帰ってくださいね。」
そう言うと先生は教室から出て行った。そして教室にいた人達も続々と教室から出ていく。
(俺も帰るか)
席を立つと
「片瀬君、一緒に行こう。」
と直瀬から言われた。
「あぁいいよ」
と言い、一緒に教室から出た。すると、4組の教室の前に人だかりができていた。直瀬と顔を見合わせる。
「片瀬君、あれなんだと思う?」
「いや、分からない。なんかあったのかな?」
そして二人は人だかりの中に入っていった。4組の教室の中を見ると、すぐにこの騒ぎの原因が分かった。
教室には数人の女子に質問攻めにされている一人の女子がいた。その女子は肩より少し伸びた艶やかな髪で、顔は整い、モデルのような体型をしていた。一言で言い表すなら「美人」。そのような女子だった。教室には話しかけたくても話しかけられない様子の男子が何人もいた。
(なるほど、これが原因か。確かに驚くくらい美人だな。)
そう思っていると
「めちゃくちゃ美人だなあの人。名前なんて言うんだろ?」
と直瀬が言った。
(名前か…確か教室のドアにクラスのメンバーの名前が書かれた紙が貼ってたよな)
と、教室のドアに貼ってある紙を見た。机の位置的に話題の女子の名前は神楽綾音ということがわかった。
「神楽綾音って名前っぽいよ。」
「神楽綾音さんか。なんか名前まで美しく感じるよ。」
「な、名前も美しい?まぁ神楽って苗字はすごそうに感じるけど…。とりあえずこのままここにいても仕方ないし、帰ろう。」
と言って人だかりの中から抜け出した。
玄関ホールから出て、自転車置き場に向かう。直瀬も自転車だった。
「そういえば片瀬君ってどこに住んでんの?自転車ってことは近く?」
「いや、隣の美佐田町に住んでる。」
「美佐田から自転車で来てんの!?めっちゃ大変でしょ…」
「まぁ大変だね。直瀬君はどこら辺に住んでるんだ?」
「俺はすぐ近くだよ。自転車で10分ちょいのところ。」
「羨ましいなぁ。朝急がなくて済むのかぁ。」
「まぁな。じゃそろそろ帰るわ。また明日な。」
「うん、また明日な。」
そう言って別れた後俺は家に帰った。