なにしてんだろ、俺
「俺も行くか」
ここにいる理由はない。来たのもたまたまだ。信也は歩き出し敷地内を彷徨った。
「全力、か」
波に浮かぶ流木のようにおもむくままに進んでいく。
それで行きついたのは屋上だった。さすがにこの時間にいる人はおらず信也だけだ。
「はあ」
放課後の屋上、空はすでに赤みを帯び始め時間が移り変わっていく。しかし信也の心情は昨日から同じままだ。
ゆっくりとした足取りでフェンスの前に立ちアークシティの景観を見つめる。近くには学園に植えられた木々の緑が並びその先には都市部のビル群が続く。それより先は海が広がりここが海上都市であることが分かる。それより先は陸地があるがここからでは遠すぎて町まではよく見えない。
「なにしてんだろ、俺」
わずかな潮の匂いを含んだ風に扇がれながら信也はつぶやいた。
彼の心に落ちた重石は今も蓋になっている。姫宮に追いかけられたり深優と話をしていた時は消えていたけれど、こうして一人になるとどうしても思い出してしまう。
昨日、生徒会に負けたことを。
「はあ」
つぶやきは溜息に変わる。反省は暗たんとした思いを掘り返した。彼女はまだ全力を出していないと言ってくれたが信也には分かる、これが自分の全力だと。
どこかで分かっていたのかもしれない、自分では無理だと。思い返してみるといい、いったい自分が人生でなにを成したことがある? 実績と誇れるものが何個ある?
ない。まったくない。自分に宿ったアークはランクAではあるが努力や才覚で獲得したものじゃない。たまたまだ。宝くじで億万長者になったとしてもそれは運がよかっただけ、金を稼ぐ能力があったわけじゃない。
自分も同じ。だけど努力しなかったわけじゃない。特別のアークはあったが自分の信条を通すために頑張った。ランク至上主義なんて関係ない、人には無限の可能性があると。
だけどそんなもの絵空事、誰の心にも響かない。努力ではランクは覆せない。自分のランクもこれでは返って逆効果だ、嫌味にしか聞こえない。
自分はただ、人の可能性に憧れただけなのに。
「錬司……」
人の可能性。それを体現した人物をつい口にする。
「あいつはすげーよ」
異能なんてなかった。それでも努力だけで困難を突破した。得られた異能もランクFにも関わらず工夫だけで高ランクにも勝ってしまった。とはいえこれは彼が天才だったことが大きな要因ではあるが。
それでも信也は知っている。諦めない限り人の可能性は続いていくことを。
それを諦めたくない。
だけど。
「やっぱり、俺じゃ無理なのかな?」
現実の壁は思っていたよりも高い。
結局のところ、認められているのはアークだけなのか? 自分そのものは誰からも求められていないし認めてもらえてもいない。どこにでもいる凡人の一人。
なにも変わっていない。自分が変わったなんて思い上がりだ。今の自分は入学したての時と変わっていない。
変わっていると思い上がって失意して底に墜落した。期待した分落胆は大きい。
そんな自己嫌悪と敗北感に信也は一人佇んでいた。
風が、前髪を揺らしていく。
その時だった。屋上の扉が開き音が鳴る。
「え」
振り返る。そこにいたのは信也を探し回っていた姫宮だった。
「ふう。ようやく見つけた」
今まで懸命に探してくれていたんだろう、呼吸に若干の乱れがある。肩も上下に揺れていた。
上がった息を整え姫宮が近づいてくる。
こうなっては逃げようがない。信也はばつが悪くなり視線を外の景色に戻す。
「まだ探してたのか?」
「まあね」
その根気強さと情熱には素直に敬服する。彼女は本当にすごい。まさかここまですごいとは思わなかった。
姫宮は信也の隣に並び同じ景色を見つめている。夕日に染まるオレンジの町。輝く地平線。それを眺めながら姫宮が聞いてくる。
「こんなところでなにしてるのさ」
「直球だな」
「いいじゃんか」
「見れば分かるだろ、外を見てるのさ」
「どうして外を見ているの?」
「見たいからだよ」
「それは今することなの?」
「…………」




