大丈夫だよ、信也君ならできるよ
第二章 刺客
「うーん」
教室の席に座り信也は唸っていた。頬杖をつき表情は芳しくない。午前の授業が終わったあとの休憩中だが、信也は朝からこの調子だった。
「信也君どうしたの? 老後の心配?」
「俺の年で心配することもっとあるだろ!」
そこへ姫宮がやってくる。信也とは反対にいつもの脳天気な声が聞こえてくる。
「違うよ。今朝のあれさ」
「生徒会のこと?」
「うん」
信也は疲れた顔で頷く。
生徒会長天王寺未来。彼女の高圧的な態度から聞こえてきたのは学園のランク至上主義の正当性と生徒会への勧誘。挙げ句の果てに戦闘だ。互いにランクAという最高位の異能で激突したわけだが戦いは信也が押されていた。ランクAプラス。ディメンション・エスケープを可能とするこの能力で未来はヒット・アンド・アウェイを繰り返し戦闘の主導権を完全に握っていた。信也は防戦一方でまともに攻撃を当ててもいない。
ランク至上主義を変えたいとは今でも思っている。けれどそこに立ち塞がる壁の大きさに信也は気後れのような気分に浸っていた。どうすれば変えられるのか。会長である彼女を倒せば少しは変わるだろうか。しかしあの戦闘の後ではそれも困難だと分かる。
いったいどうすればいいのか。胸がどんよりと重い感覚がする。
「たしかにあれは衝撃的だったよね。あんなにもはっきりランクがすべてだって言われちゃうと落ち込んじゃうよ。それに信也君をスカウトしようとしたことも。大胆っていうか。だって信也君入学式の時に反対だって言い合ってたじゃん。なのに誘ってくるんだもん。まあ、らしいといえばらしいけど」
「言われてみれば」
姫宮の言葉に信也は当たり前のことに気がつく。彼女の態度に押され失念していたが、普通反対意見を言っている者を仲間に入れようとするだろうか?
「どうして俺を生徒会に入れようとしたんだろ。ランクが上だからというのは分かるけど、断るのなんて分かってただろうし」
「なにか事情があるのかな? ランクが上っていう理由だけじゃなくて、信也君の持つ異能に用があったとか」
「でも並行世界系の能力は会長自身が持ってるしな」
「あ、そっか」
ますますわけが分からない。反発している信也を入れるほどの理由があるにせよ、信也の特異性はすでにある。ならなにを求めて生徒会に?
「理由は分からないけど、姫宮の言うとおりなにかしらの事情があったのかもしれないな。でないとわざわざ俺を誘ったりしないだろうし」
それは間違いない。信也と姫宮は腕を組み小首をかしげた。
「うーん」
「うーん」
二人して唸る。そして互いに顔を向き合わせた。
「なんだと思う?」
姫宮が聞く。それに信也は様子を伺いながらもゆっくり答える。
「俺に、惚れたとか?」
「…………」
その問いに姫宮は返事をせず、代わりに優しい笑みを浮かべていた。
「なんか言ってくれよ!」
「自由は尊いんだなって」
「なんで悟った!? 俺の一言になにを感じたんだよ!?」
信也は大声で言うが姫宮は相変わらず微笑んでいる。その余裕の笑みがなんだか小憎たらしい。
その時だった。教室のスピーカーから放送が流れてきた。
「本日の放課後、部活動の部長は生徒会室に集まってください。繰り返します。本日の放課後、全部長は生徒会室に集まってください」
「全部長?」
珍しい放送だ。アカデミアに来てまだ日が浅いので信也には分からないがよくあることなのだろうか。
「なんだろうね、部長全員が生徒会室に集まるなんて」
「さて、生徒会の考えなんて俺には分からないね」
信也は片手を振る。基本方針からして真逆の考え方だ、細部なんてなおさら分かるわけがない。
「そういえばアイドル部の部長、三木島さんとはどうなんだ?」
「うん、今では普通にお喋りしてるよ。練習も見てもらってね、もう最高だよ~」
「そっか」
アイドル部の部長である三木島とは入部試験のときにいろいろあったので心配していたが彼女のとろけるような顔を見てホッとする。憧れのアイドルとともに練習するのはさぞかし幸せだろう。
「そうだ、信也君も来てみなよアイドル部。三木島さんが言ってたんだけど、信也君には感謝してるって」
「俺に?」
信也は自分に指をさす。意外だ。歌の勝負を、しかも相手のホームで勝ったのだ。かなり険悪な関係で恨まれるとさえ思っていた。
けれど姫宮の顔はむしろ嬉しそうだ。
「うんうん。あの時信也君と歌の勝負したじゃない? それで負けちゃって悔しかったけど、でも、それで初心に戻れたって。見失っていたものを見つけられたって言ってたよ」
「そうか。そう言ってもらえると俺もうれしいよ」
喧嘩のまま終わりというのは信也も嫌だ。相手がそう言ってくれるのならありがたい。
「そうだな、久しぶりに行ってみるか」
「うん! きっと三木島さんも言いたいことあると思うし、ちょっといいから覗いてみなよ~。未来のスーパーアイドル姫宮詩音の激レア下積み時代見せてあげるからさ」
「はは。それはファン一号としては見逃せないな」
話は決まった。
放課後、信也は姫宮の勧められたまま文化ホールへと来ていた。ここには吹奏楽部などほかの部活と共同で使用している。演奏ホールもあればダンスレッスン用の鏡が壁になっている部屋もある。
姫宮はアイドル部女子練習部屋と書かれた部屋を開け信也も一緒に入っていく。
「お疲れまさでーす!」
「お、お邪魔しまーす……」
元気よく挨拶する姫宮とは反対に信也はおそるおそるだ。依然ここに喧嘩も同然のことをしているから気後れする。
「姫宮ちゃん、お疲れ」
練習部屋は十数人のアイドル部員がジャージ姿でいる。フローリングで奥の壁は全面が鏡になっている。手前の壁にみんなバッグを置きすでに何人かは鏡の前で体を動かしていた。
「あれ、その人」
女の子の一人が信也に気づく。
「うん。三木島さんが会いたいって言ってたから連れて来ちゃった」
「もう、事前に言ってくれればいいのに」
姫宮とその子は親しそうだ。姫宮も普通に喋っているので同学年だろう。
「あの、すみません。突然その」
「あれ? 前はあんなに威勢が良かったのにずいぶんと大人しいんだ」
「いや、あのころとは状況が違うしさ」
ついつい視線を泳がせてしまう。そんな信也に女の子はくすくすと笑っている。
「なんかあれだね、すごいアーク持ってるのに意外と普通っていうか。なんか一気に親近感沸いた」
「どうせ俺は普通だよ」
自分がアークを除けばごくごく平凡な人間だという自覚はあるが他人から言われるとなぜか傷つく。
「そうだよ、信也君は普通だよ。頑張ってはいるけど根が普通だから際立った個性はないよ。アークがなかったらただのモブだよ。だから普通につき合ってくれていいよ」
「おおおおい! 言い方ァ!」
「あはは。でもせっかく来てくれたとこ残念だけどまだ三木島部長は来てないよ」
「え、そうなの?」
「そう言えば見当たらないな」
顔を動かしてみるが彼女の姿はどこにもない。
「プロアイドルだしやっぱり忙しいのかな?」
「それもあるけど、でも部活には出てるよ。ダンスの振り付けとかボイトレとか教えてくれるし。それに先輩の話だとあまり練習には参加してなかったらしいけど最近は積極的に出てるみたい」
「そういえば姫宮もそんなこと言ってたな」
「うん! 三木島さんにダンス教えてもらえるなんて幸せだな~」
姫宮は頬をゆるませながら体を左右に揺らしている。
「じゃあ今日はたまたまかな?」
「なんでも生徒会から全部長に呼び出しがあって、それに出てるんじゃないかな」
「あー」
それで思い出す。そういえば昼休憩にそんな放送があった。
「それでいなかったのか。タイミングが悪かったな」
「信也君どうする? 待ってる?」
「てかいいのか? ここって女子練習部屋って書いてあったけど、俺普通に入ってるけど」
姫宮が止めなかったから一緒に入ってしまったが本来男子禁制なのでは? 今更ながら不安になってきた。
「実際そうなんだけどね」
「やっぱり! おい姫宮、なんで言わないんだよ?」
「まあいいかなって」
「いいわけないだろ! それで非難の的にされるの俺なんだぞ!」
「うーん。本当は駄目なんだけど信也君とは前にいろいろあったし。みんなもそれけっこう気にしてたんだよね。アイドルのあり方じゃなかったって」
「そうなのか」
あの事件をきっかけにそうして改心してくれたのなら信也としてもうれしい。恨まれるかのどちらかだと思っていたがよかった。
「だからギクシャクしたままなの私も嫌だしね。みんながいいって言うなら居てもいいんじゃない? 見てもらえれば変わったアイドル部を知ってもらえるしね。部長はいないし」
「そうだ。せっかく見てもらえるなら信也君に教えてもらうっていうのはどうかな? 信也君ならトレーナーもできるんじゃない?」
「それは、どうだろうな。でもきっとできると思う」
「ほんと?」
女の子が嬉しそうに言う。
「やっぱりすごいね。それなら私もぜひお願いしたいかな」
「ねえねえ信也君、いいでしょ? せっかく来たんだし、三木島さんが来るまででいいからさ」
「うーん、指導かあ」
人にものを教えるなんてしたことがないため不安だが期待されているのを断るのも悪い。アイドル部との関係修復も兼ねてこれもいいきっかけになるかもしれない。
「大丈夫だよ、信也君ならできるよ」
姫宮もこう言っている。
信也は大きく頷いた。
「よし! それじゃあやってみるか。それでみんなのためになるなら俺も嬉しいし」
「分かった。ちょっと待ってて、みんなに聞いてくるから」
そう言って女の子は小走りでみんなに話をしに行った。
信也にダンスを指導してもらえるということにみんな乗り気らしく明るい声がここからでも聞こえてくる。女の子が戻ってきた。
「みんなもそれでいいってさ。それに君のアークをもう一度見たいって」
「ははは。本当はそっちだな」
ランクAアークを見る機会はそうそうないから珍しさ目当てと指導、半々といったところか。
「それじゃあみんなの準備が出来次第はじめようか。俺はいつでもいいからさ」
「私着替えてくるね!」
姫宮は荷物を壁際に置いて更衣室へと走っていく。
「うおおお! がんばれ姫宮、目標三秒で早着替えを成功させるんだ!」
「それは無理だろ」
姫宮は元気よく更衣室へと入っていった。
「ははは。相変わらずだなあいつは」
「詩音ちゃん面白いよね」
「いつもあんな感じ?」
「うん、あんな感じ。元気で明るくて、ふざけてるようでちゃんと練習はしてるんだよね。私たちの中でもかなり上手いし。だからみんな詩音ちゃんのこと好きなんだ」
「そっか」
聞いてなんだか安心する。あんな入部経緯があったからどこか不安だった気持ちが溶けて晴れやかになっていく。
「詩音ちゃんのこと心配?」
「いや、心配なんて」
「いいよいいよ。でも大丈夫。あの子ならうまくやってるよ。私たちも詩音ちゃんがいるから楽しいし」
「ああ、あの様子を見てほっとしたよ」
信也は女の子と話していると着替えた詩音がダッシュで戻ってきた。白のTシャツに青のジャージ姿だ。
「よし! 目標達成!」
「うそ吐くな、ぜんぜん違うわ」
「ははは」
姫宮の着替えが終わり全員準備ができた。
あとは信也だけだ。
信也は集中した。ダンスを指導する、それに最も適した自分をへ並行世界から検索しアップロードする。
その儀式。
「俺はランクA、パラレル・フュージョン発動!」
信也はパラレル・フュージョンを発動し全身が発光する。
光が消えた後、信也はダンストレーナーとしてオレンジ色のジャージ姿になっていた。白の肌着の上に上下同じ色のジャージを着ている。
「おー」
一瞬で変身した信也に周りから歓声が漏れる。
「よし、それじゃ今だけだけど俺が指導することになりました。よろしくお願いします。まずはいつもの列に並んで。準備運動をしてからダンスの振り付けをみせてもらうか。厳しいかもしれないけど頑張ってほしい」
「はい」
みんなは決まった場所に等間隔に立ち準備運動を始める。それも終わりさっそくダンスの練習に入る。曲が流れそれに合わせてみんな踊っていく。
ここにいる全員が厳しいアイドル部の入部試験を突破しているだけあってレベルが高い。リズム感のある動きに振り付けにミスはない。
だがそれで満足するダンストレーナーではない。レベルは高いがその上を知る者から厳しい激を飛ばす。
「そこ振りが遅い! みんなとペース合わせる。周りをちゃんと見て。笑顔、笑顔! 笑顔を作る練習も同時にやる! 本番も踊りながらするんだぞ!」
「はい!」




