お前の言う人の可能性。お前は、いったい何度裏切られてもそう言える?
信也は主張した。そんなもの絶対に認めないと。これは規律なんかじゃない、ただの支配だ。誰かを虐げる法など認めていいわけがない。
「そうか」
それを聞くと未来は静かにそう言った。
「お前の言い分は、さぞ弱者には心地いいものなのだろうな」
そう言うと未来は刀を鞘に納めた。戦うのを止めたのか。戦意はすでに消え失せやる気を無くしていた。
「お前が知るべきは力ではなく人のあり方だったか。では、私が教えられるものではない」
未来はそのまま踵を返し学園に戻り始める。付き添いで来ていた生徒会委員たちもぞろぞろと歩き始める。
「どこに行く?」
「この戦いは引き分けだ、イレギュラー。私がこの場で屈服させずともお前はいずれ知ることになる。お前の綺麗ごとなぞ人の波では砂上の城に過ぎん」
「詩人かよ、もっとはっきり言ったらどうだ」
未来は背中越しに語る。その背中に尋ねると未来は歩みを止め横顔だけで信也に振り向いた。
「お前の言う人の可能性。お前は、いったい何度裏切られてもそう言える?」
それだけを言い残し未来は今度こそ消えていった。まるで嵐が去っていったようにこの場は静かになり緊張から解放される。
けれど取り残された信也は一人未来に言われたことを反芻していた。
『お前の言う人の可能性。お前は、いったい何度裏切られてもそう言える?』
あれは、どういう意味なのだろう。何度も裏切られる? 誰に?
未来は消えたというのに彼女の残した言葉が呪縛のように残り続ける。信也の表情は深刻になるばかりだ。だが、彼女がなにを言おうと信也の胸に灯る光までは覆えない。
信也は顔を上げ、引き締まった顔でつぶやいた。
「俺は、諦めない……」
人間の可能性。それを誰よりも信じているから。
自分だけは、自分を見捨てない。
*
信也と未来が戦った後、昼休憩。
アークアカデミア生徒会室。そこの会長用の椅子に天王寺未来は座っていた。足を組み体を横に向け、表情は険しく目は瞑っている。常にそうなのか彼女の雰囲気は厳めしい。
そこには彼女以外にも四人の少女がいた。
「会長、どうぞ」
そのうちの一人が未来へ歩み寄る。青みがかった白の髪をショートカットでそろえ丸みのある顔をしている。彼女だけはスカートを履いておらずスーツ姿だ。まるで執事のように背筋を正し未来の机に紅茶を置いていく。
「ありがとう」
未来は小さくお礼を言い紅茶を手に取る。湯気の立つカップに口をつけ一口を飲み込んだ。
彼女は宍道琉衣(しんじるい。生徒会役員の二年生であり四天王と呼ばれるうちの一人だ。物静かな佇まいに乱れのないスーツがよく似合っている。
「あら琉衣、私にはないのかしら?」
そこへ新たな声が加わった。
藤原時雨。生徒会の副会長であり唯一の三年生だ。ベージュのセミロング、落ち着いた態度は最年長者らしい大人の雰囲気がある。
「あなたにもありますよ。砂糖は?」
「ミルクだけで結構よ」
紫雨は大人数が座れるソファに腰掛けており目の前にはガラス製のテーブルがある。琉衣はポットとティーカップを乗せたトレーを手に紫雨に近づき紅茶をテーブルに置く。両者とも優雅な仕草と態度だ。
「ありがとう」
「いえ」
紅茶を置いたあと琉衣は壁に背もたれている少女に振り向いた。
「深優、あなたは?」
「私はいい」
黒のパーカーを着た少女は愛想のない態度で断った。
真田深優。琉衣たちと同じ二年生であり赤い髪をフードで隠している。下は生徒会専用である白のスカート、長めの黒のブーツを履いている。パーカーに両手を突っ込み紅茶を誘う琉衣に不愛想に応える。
彼女の態度がいつもこうなのは全員知っている。それを不愉快に思う者もいない。
琉衣は最後の一人に視線を移した。
小笠原奏音。ピンク色の髪に小柄な体、ストライプ柄の長い靴下を履いた彼女は紫雨の対面にあるソファで横になり携帯ゲームを夢中でプレイしている。
「奏音」
名前を呼ぶ。続けて紅茶はいるかと聞くよりも早くに彼女はゲーム画面から顔を上げた。
「わたしはねー、砂糖三つにミルク並々で~」
「はいはい、いつものですね」
彼女の注文に琉衣の口元が少し緩む。
「なによその言い方、べつにいいでしょ? 紅茶に砂糖とミルク入れてなにが悪いのよ?」
「私はなにも言っていませんよ」
「言ってた、むしろ顔に書いてた。こいつマジで子供っぽいなって笑ってたもん!」
「はいはい」
「なにその態度ー!」
「こら、奏音。静かにしなさい」
暴れ出す奏音を紫雨がやんわり抑える。副会長に笑顔で言われ奏音はふてくされながらゲーム画面に戻る。
「ふーんだ。琉衣、そこに置いといて」
注文通りに琉衣は紅茶を用意していく。手際よく完成したミルクティー、砂糖を三つ添えてテーブルに置いた。
「どうぞ。砂糖三つにミルクたっっっぷりです」
「あ、り、が、と」
笑顔で強調してくるあたり琉衣もしたたかだ。奏音はお返しとばかりに皮肉たっぷりで返す。




