これは、『ランクF』が時代を変える物語――
昼間の時間帯にもかかわらずここは暗かい。空は厚い暗雲に覆われまるで未来を閉ざした穴のように。
ここは夢と希望溢れるアカデミアのいわば対極。あるのは絶望と恐怖の監獄だ。
ダウンフォール刑務所。そこは異能の類を使う者たちを扱う刑務所だ。ここの囚人は例外なく異能を持っている。己は特別だという優越感は時に麻薬となって欲望を露わにしてしまう。ここにいるのはそんな己の欲望に異能を使った凶悪犯ばかり。公では手に負えない悪のスーパースターだ。
そこを錬司は看守に連れられて歩いていた。灰色のスウェット姿に手錠をしている。罪状は敷地外での異能発動。本来ならばここに送られるほどの罪ではないが彼は特別だ。むしろVIP待遇でダウンフォール刑務所へと迎えられていた。
通路の両側には柵があり向こう側には顔に傷をもった男たちが叫び声を上げながら柵から手を伸ばしていた。ある者は看守へ暴言を吐き、ある者は新入りの錬司へ歓迎の侮蔑を贈る。
そんな凶悪な雰囲気にしかし錬司は一切動じていなかった。
「おーおー、まるで便所の底みてえな場所だなぁ」
「黙っていろ。今からここがお前の家だ」
錬司の前を歩く看守が固い口調で錬司を咎める。けれど錬司は柳に風といった具合でマイペースだ。
「家だって? ハハ。ならキャベツの入った味噌汁は出るんだろうな? おふくろの味なんだ。…………んだよその目は、ほんとなんだから仕方がねえじゃねえか。うまいんだぞ味噌汁のキャベツ」
錬司は退屈そうに、看守は厳然な様子で廊下を歩く。そこでエレベーターに乗り込んだ。
二人は共に降りていく。地下のさらなる地下へ。誰も逃げられない底の底。
たどり着いた場所にはいくつもの通路がありその先は牢屋となっていた。少ない電球しかなく辺りは薄暗い。通路には監視カメラが設置され錬司を追い掛ける。
そこで一つの牢屋の前まで錬司は連れて来られた。
「入れ」
看守に言われた通り中に入る。すぐに扉は閉められ看守は帰っていった。
入った瞬間錬司が感じたのは強い視線だ。どうやら相部屋らしい。さらに視線に混じる好奇と邪悪な気配。不良に絡まれるのと似た、けれどそれ以上の圧迫感だ。
目が慣れてきた。部屋の闇に数人の影が見て取れる。その中の一人が錬司に近づいてきた。
巨体だ、ただの人間じゃない。おそらく自身の体に作用するランクD異能。頭が天井に擦れそうなほどの巨漢が錬司に顔を近づける。
「よう新入り。お前なにをした? 万引きでもして捕まったか?」
太い声だった。周りからはにやにやとした笑い声が聞こえてくる。
「いいか、外ではお前は好き放題やってきたかもしれない。しかしここでは別だ。ここのルールに従え」
「ルール?」
「そうだ。想像するといい、アカデミアを超えるランク至上主義。アカデミアを超える弱肉強食を。お前は強力な異能を持てたらなにを考えると思う? これで好き放題やれる、そうは思わないか? 自分の異能が強ければ強いほど心は力に惹かれ使っちまう。ここはな、そうしたちょっと自惚れちまったハイランクがうじゃうじゃいるんだよ」
男は続ける。ここでのルールを新入り(ルーキー)に教える。
「ここでは力がすべてだ。そんな奴らの溜まり場がここだ。そんな場所でお前はランクFだってんだ。かわいそうになぁ。てめえは学園じゃ虐げられてきた弱者かもしれないが可愛いもんだ。ここでのお前は、奴隷だ」
ここは力に酔い痴れる暴力の楽園だ。秩序は力で作りルールは己で決める。逆に力のない者はここのルールに引き込まれるだけ。自分の声を上げることすらここでは許されない。
「諦めるんだな、いろいろと。はっはははは!」
「くだらねえ」
「なに?」
だが、ここで反抗の声が上がる。
「入って早々なにを諦めるって? あいにく俺はまだなにもしちゃいねえ」
錬司は言った。拒絶の意思を突きつけた。
錬司は話している途中で手錠の鎖を引き千切った。錬司の異能によって鎖を両側から一ミリ引っ張り亀裂を入れたのだ。
「……おい、こいつランクFだよな?」
その問いに誰も答えない。
大柄の男は顔をしかめるも錬司を睨む。
「てめえ、まさか自分なら自由だと思ってるんじゃねえだろうな? いいか、ここは力自慢のやつらがいる場所なんだよ。外しか知らない奴がでかい顔出来る程甘くはねえんだ。すぐに分かる、力のない者は俺に従え」
「くっくっくっ」
「なにがおかしい?」
面と向かって言われる降伏の勧告にしかし錬司は笑い出した。
面白いのだ。
力がすべて? ルールは絶対?
変わらない。意味がない。たとえどんな状況で、どんな場所であろうとも。
獅子王錬司の生き方は変わらないのだから。
錬司は男を見上げる。表情はいつものニヤついた笑顔で。
「よう先輩がた。お前らなにをした? 引き籠りの罪で捕まったか?」
「んだとてめえ!」「やんのかオラ!」
「てめらこそなに寝言言ってやがる。俺に諦めろだと?」
錬司は両腕を広げ男に近寄った。見上げる男の眉間にしわが寄っているのが見えるが気にしない。
「俺がてめえに従え? するわけねえだろ、俺は俺の生き方を諦めない」
そして、錬司は目つきを真剣にした。
「たとえどんな状況だろうが、どんなに不利な条件だろうが俺は諦めない。俺は特別なんだよ、てめらとは違ってな」
誰に言われようと関係ない。自分は自分。それは変わらないのだから。
彼は、いつだって自分らしく生きていく。
「てめえらがどんな生き方しようが勝手だが俺は好きにさせてもらうさ。ルール? 力? 知るかバカ、勝手にお前らだけでやってろよモブキャラやろう」
錬司からの答えを聞き男も納得したようだ。
言って利くやつじゃない。相当な自信家かただの馬鹿だ。男は静かに闘志を膨らませていくと一気に爆発させた。
「そうか、どうやら知りたいようだな。ならここで教えてやるよ、ここでのルールを!」
男が拳を振り上げる。それはここ、ダウンフォールで男に質量を与えている力そのもの。
「ああいいぜ、見せてみろよ。お前の力」
それを前にして、それでも錬司は動じない。
「見るがいい、そして知れ」
自分の道を信じてる。
「お前らは雑魚だ、真の特別を教えてやろう」
自分ならやれると確信している。
「俺はランクFアーク、無名のアークを発動!」
周りなど関係ない。
何故ならば――
己の人生の主役はただ一人!
「てめえの傲慢、俺が裁く!」
ここはダウンフォール刑務所。異能と暴力の監獄だ。
ここには夢も希望もない。
だが、
しかし、
だとしても。
錬司は己を証明するために立ち向かっていった。
自分なら出来ると信じて。
ダウンフォールに立ち向かう。
ハイランクの優越に浸る罪人よ震えるがいい。
生まれつきの才能に浮かれる愚者よ泣くがいい。
ランク至上主義の終わりの時だ。
これは、『ランクF』が時代を変える物語――




