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プロローグ

 ふと、気が付いた時から自分は特別なのだと獅子王錬司ししおうれんじは思っていた。特徴的な白い髪、整った顔立ち。それは美形の部類なのは間違いないが特別だと認識しているのは他のこと。


 周りにいる人間がまるでゲームかアニメのモブキャラみたいに思える。味気なくリアルさを感じない。そんな連中に遅れを取るはずがなく小学校の頃から喧嘩をすれば負けたことはなくつまらないからしていないだけで勉強をすれば全国一位だって取れる自信がある。どの分野を進もうと自分は主役になるだろうという確信があった。


 なんでもっと自分らしく生きないんだ? なんでこいつらはそれで満足なんだ? 優越感からか全能感からか、子供の頃から錬司はそんな風に周りを見つめており、そんな彼に周りは遠慮して親しくなる者はいなかった。錬司はずっと一人でそれすらも自分が特別だからと思っていた。


 そんな錬司が中学生の頃だった。廊下を歩いていると階段の踊り場でクラスメイトがいじめられていた。


 その男子生徒は髪がピンクをしており悪目立ちしていた。髪型は男にしてはやや長く下ろした前髪に跳ねた毛束、顔も丸みがあってかっこいいというよりは可愛い感じだ。そのためまるで女みたいだと茶化され数人に囲まれいじられていたのだ。


「おい」


 所詮モブキャラのやることだ、捨て置けばいいサブエピソード。だけど錬司は声を懸けていた。気まぐれだろうか。なんとなく目についた空き缶を蹴ってみたくらいのノリで深い意味はない。


 すでにかなりの不良で通っている錬司に睨まれたことで男子生徒数人は散っていく。残っていたピンク色の髪をした同い年の少年は驚いたように見上げ表情を輝かせた。


「あ、ありがとう。錬司君だよな?」


 階段を駆け上がり近づいてくる。今まで気にしたこともなかったクラスメイトに錬司はつまらなそうに顔を逸らす。親しくされても面倒なだけだ。


「いやー、助かったよ。ほら、俺こんな髪だろ? 昔からよくいじられるんだよな」


 少年はあははと苦笑している。錬司としてはそれなら自分で言い返してやれとしか思わない。やられっぱなしでなぜへらへらできるのか。


「俺、神崎信也かんざきしんや。これからよろしくな」

「は?」


 いきなりのよろしく宣言に素っ頓狂な声が出る。なんでよろしくしなくちゃいけない? 俺は特別でこいつはモブキャラ、助けてやったのもなんとなくでしかないのに。それなのにこの少年は拾われた子犬のように懐ついてくる。


 それが二人の出会い。それから錬司と信也の時間は増えていった。


 基本的に信也が話し錬司は受け。楽しそうに喋る信也に相槌を打つだけ。そんな関係なのに信也は飽きることなく続け、不思議とそんな時間を受け入れている自分に錬司も驚いていた。信也がいじめられていれば何度も助けてやったし気に入らないやつは殴って黙らせた。


 なにも変わらない。自分は特別だ。そんな自分に相応しい場所がある。


 放課後の夕暮れ、進路希望の紙を渡された二人は公園のベンチで佇んでいた。


「なあ、錬司はどうするんだ?」

「俺はすでに決まってる」

「マジ!? なんだよ?」


 進学か、就職か。進路という分岐を前にして錬司の道は決まっていた。


「俺はアークアカデミアへ行く」


 正面を見ながらはっきりと。オレンジに染まる空と目の前に広がる遊具と遊ぶ小さな子供たち。はしゃぐ声が遠くで聞こえる中錬司は言ったのだ。


「アークアカデミアって」

 答えを信也は反復する。その名を知らぬ者はいない。その学園は『本物の特別が集う場所』だからだ。

「それって、異能学園だろ? 生徒は全員異能を与えられてさ」

「ああ」


 異能学園アークアカデミア。文字通り異能の開発、研究を行う学園。生徒には異能を与えられる。それは明確な特別だ。自分だけの異能、自分だけの個性、自分だけの力。誰しもが憧れる門の頂き。それがアークアカデミアだ。


「でもさ、そこってすごい倍率だろ? 学費だってすげー高いみたいだし」


 信也の心配は尤もだ。当然アークアカデミアを希望する生徒は多い。間違いなく難関だ、勉強をサボっている錬司の成績は現状平均以下。傍から見ればまず無理。不可能だ。


 だが諦めるのか? やりたいことがある、夢がある。なのに他人が無理だと言ったら止めるのか? 不可能だと言ったら諦めるのか?

 錬司ならこう言うだろう。


 そんなだからモブキャラなんだ、と。


「俺は諦めねえ。てかぜってえなる」

「そうは言ってもさあ」


 隣の『友人』は半信半疑だが、それなら証明してやろう。


「いいか信也、俺は特別なんだ。だからなる」


 自信満々に。それはすでになるのが決まっているかのような疑いを一切持たない眼差しで。


 そんな錬司を信也は見つめていた。どんな困難にもこの友人は諦めない。いつだって堂々として自分を貫く。


 諦めなければ道は開く。そう思わせる強さを彼は持っていたから。


「俺も、アークアカデミア、行ってみたい」


 今まで進路は空白だった。鞄の中にある進路希望の紙は未記入のまま。だけどこの時信也の道は決まった。


「俺も錬司と同じアークアカデミアに行きたい。ただ、俺に行けるかな」


 隣人の心配は吹き飛んだ。きっと錬司なら行くだろう。信也から見ても彼は特別だから。


 だけど自分は違う。自分は凡人だ。自分の問題すら自分で解決できない。いじめだって錬司に何度助けてもらったか分からない。そんな自分が果たしてアークアカデミアへと行けるのか。不安と心配に押しつぶされそうになる。


「やってみればいいじゃねえか」


 そんな重苦しい感情を、この天才は凡人の悩みだと一蹴する。


「行きたいなら挑戦すればいい。それ以外あんのか」


 彼は不安や心配を苦にしない。もしかしたら人生で一度も経験したことがないかもしれない。


 けれど、そんな錬司に信也は憧れた。今まで平凡だった自分の胸に初めて熱い気持ちが湧き上がってくるのを感じた。


 やってみよう。駄目でもいい、無理でもいい。だけど挑戦する前から諦めてどうするんだ。自分で自分を信じてあげないでどうするんだ。


 目指せ、アークアカデミア。異能を与えられるへ学園。


 そして近づきたい。憧れであり恩人でもあり、自分が知る特別へ。


 天才、獅子王錬司。彼の隣にこうしてまた並びたいから。


 凡才、神崎信也。彼の挑戦は始まった。


 空を染める真っ赤な夕日が輝く瞳に反射した。

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