98.ドレスはどこへ行った?②オプション魔法
「……本当にな」
レッドが、しみじみと言った。
「アリアの次くらいに、変わった人間だ」
もう「胡散臭い」とは言わなくなったレッドだけれど、口に出さないだけで、やはり完全には信用していないのかもしれない。
ダンジョンに連行されたり、本物の盗賊団の一員にされたり、わたし以上の修羅場を潜っているレッドである。簡単に人間を信用しないのは当然だろう。
警戒する必要のない――害意のある人間ではないとわかっても、所詮は他人なのだ。
“所詮は他人”と言ってしまうと、レッドとわたしも他人同士ということになるけれど、レッドには契約魔法が掛かっているから主人を害することはできない。
他人同士だけれど、ただの他人ではない。
(血縁関係にあっても悪意を向けられることはあるのだから、血の繋がりなんて、あってもなくても意味ないわよね……)
けれど、契約魔法にも“穴”はある。
主人を傷つけることや、明らかな裏切り行為や逃亡を企てることは、首輪によって抑制される。魔法が発動すれば、七転八倒するような痛みが全身を襲うことになるらしい。
懲罰として主人の指示で発動される、首輪に組み込まれた電撃魔法よりも、数倍から数十倍の痛みらしい。
ただし、奴隷本人が裏切りや反逆と認識していなければ、魔法による抑制は発動しない。
たとえば、主人が明確に「内密に」と命じた事柄を、他人から問われて喋ろうとすれば、それは明らかな裏切りとなる。
が、内密にと命じられていなかった内容を、うっかり失言した場合や、主人の不利になると知らずに話してしまった場合などは、有罪とは判定されないのだ。
同様に、主人を害そうと意識して怪我をさせた場合は魔法が発動するけれど、偶然のミスが原因で事故が起きた結果、怪我をさせてしまったというような場合は無罪である。
――もっとも、故意ではなかったとして契約魔法が無罪判定を下したところで、たいがいの主人はそんな役立たずの奴隷は処分してしまうものだけれど。
契約奴隷なら返品したり、評価を下げて安くこき使おうとする。もしくは、手ずから罰を与えて償わせる。
買い上げ奴隷は最悪の場合、場末の奴隷市で売却処分ということもあり得る。
どちらにせよ、奴隷は主人の所有物の一つにすぎないため、主人に怪我をさせるような道具は必要ないということになる。
なんとも緩い判定基準だけれど、それが大樹の記憶に裏打ちされた魔法の仕組みであり、だからこそ正しく発動させるために複雑な呪文や魔法陣が必要になる。
魔法学の基本だ。
そんなものだから、首輪に付随する契約魔法の穴を補おうと、奴隷を購入するときに複数のオプション魔法を付け加える者もいるらしい。
たとえば“労働中に見たり聞いたりしたことを、決して他人に話してはならない”とか“特定の部屋には絶対に立ち入ってはならない”などである。
オプションの契約魔法は、内容的に主人の命令の最上位に位置付けられるため、うっかりや偶然による事故を防ぐ効果がある。
ただし、奴隷にとって口外禁止のオプションは、一日の出来事の大半を誰にも話せなくなる呪いであり、仲間と愚痴を言い合うこともできず、酷い目に遭っても商会に助けを求めることもできなくなる。奴隷にとっては、益など何もない。
わたしは、レッドには何もオプションをつけていない。
お金に余裕がなかったということもあるけれど、魔法で雁字搦めにしてまで働かせたくはなかった。
もしもレッドが、どこかでわたしの素性を喋ってしまったとしても、仕方がないと思っている。
わたしにとっては、一蓮托生の約束をしてくれただけで、十分だった。
契約魔法を介さず、ただの口約束として誓ってくれた。
そんなレッドを信じられなかったら、わたしにはもう何も残らない。
むしろ、主人であるわたしがレッドを――忠義を誓ってくれた従者を裏切らないよう、気をつけなければならない立場だった。
「その言い方だと、わたしが一番おかしいみたいじゃない。四人パーティーなのに、わたしが一番目でクロスとリオンが二番目なら、まともなのはレッドだけってこと?」
「そうかもな」
「クロスといい、あなたといい、二人とも何気に失礼よね。紳士なのはリオンだけじゃない?」
喋りながら、わたしは散らかした物を元の通りに片付け始めた。
ドレスはどこへ行ったのか、見つからなかったけれど仕方がない。
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