89.提案③
(おそらく、学園に行けば出自がバレる……)
わたしが辺境のお祖父様のところへ行かずに、アレスニーアで魔法の勉強なんかしていたら、イーリースお継母様は激怒するだろう。
良くて、強引に連れ戻される。
その後にもっと酷い虐待を受けるか、帰る途中で事故に見せかけて殺されるだろう。
もしくは、冤罪か何かで投獄し、無実の罪で処刑されるかもしれない。
最悪、馬車が襲われたときのように、学園の生徒を巻き込んでの大殺戮が起きる可能性もある。
そうなれば、わたしを編入させたクロスや、クロスのお師匠様に迷惑がかかる。交友関係のあるリオンにも飛び火するかもしれない。
(お父様は……)
一切、関知しないはずだ。
今までも、わたしがお継母様とシャーリーンからどのような仕打ちを受けていようも、全く顧顧みる素振りはなかった。
(むしろ、積極的に視界に入れないようにしていた節さえある)
お父様の中から、アリアという長女の存在はとっくに消えてなくなっていた。
辺境行きを命じられ、事実上の勘当に処されたことで、それは決定的となった。
(お父様のことは気にしなくていい)
気をつけなければならないのは、イーリースお継母様の動向だけだ。
(黙って、辺境のお祖父様のところで一生を過ごせば、見逃してくれるのかしら……)
いいえ、それは悪手だわ。
わたしが計画の妨げにならないとわかれば、放置することはあり得るかもしれない。
けれど、お継母様はヴェルメイリオ伯爵家の乗っ取り自体は諦めないだろう。
代わりに害されるのはアルトお兄様に決まっている。
家督を乗っ取るに当たって、一番の障害は嫡男であるお兄様だ。
(お兄様にまで魔の手が及ぶ前に、何とかしないといけないのに……)
わたしには時間も力もあまりにも少ない。
どうしたらイーリースお継母様を止められるか、わからない。
(のんびり学園生活なんか送っている暇はないのよ。第一、学園に通うことになったら……)
わたしは、ゆっくりとレッドを見やった。
レッドは、リオンにもらったコーヒーの匂いを嗅ぎ、恐る恐るといった様子で口にしている。
「あちっ」
猫舌なのは相変わらずだ。
ふーふーと息を吹きかけ、冷ましてはいるけれど、正真正銘の猫舌であるレッドには、まだまだ熱いみたいだった。
(学園に獣人奴隷は連れて行けない)
ローランド寄宿学校では、従者を連れてきている生徒もいた。貴族の子女は、寄宿舎に入っても身の回りの世話をする付き人を欠かさない。
でもそれは、あくまでも従者が人間の場合だ。
下賤な奴隷の、しかも獣人を連れている生徒は見たことがない。
腐っても貴族社会の片隅に存在する学校である。
獣人奴隷は、敷地内に足を踏み入れることすら許されていないだろう。
(アレスニーアの学園も似たようなものでしょうね)
それだけなら、まだいい。
学園に通うことで素性がバレて、わたしが死ぬようなことになった場合、レッドはまた劣悪な奴隷生活に逆戻りだ。
買い上げ奴隷の場合、事故や病気で主人が死んだときには契約魔法が無効になるため、自由の身になれるチャンスがある。
でも、契約奴隷の場合は商会に戻されるだけだ。
奴隷本体の所有権は商会にあり、貸し出されている状態だから、使用者である契約主が死ねば、所有者の下へ戻らねばならない。首輪を介して掛かっている契約魔法がある以上、逃げ切ることはできないのだ。
(学園なんか行ったら、いろいろ“詰み”だわ)
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