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【不遇令嬢はエルフになりたい】〜介護要員として辺境の祖父の屋敷で働くよう命じられたが、ざまぁする間もなく実家が没落した件〜  作者: 一富士 眞冬
第1章

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87.提案①

「わかった。そういうことなら、謝罪は撤回する。――悔しさは武器になる。大切にすべきだ」

 クロスはあっけないほど簡単に謝罪を引っ込めた。

 意外なほど、何も追求されなかった。

 悔し泣きだと言ったところで、半日もぐずぐずと泣いていたのだ。本当なら、何があったのか事情を聞かれてもおかしくはない。


(――気遣い?)

 いいえ、違う。

 たぶんこの人は“無力で悔しい”というのが、どういう状態かわかって言っている。

 根拠はない。直感でしかないけれど、話してくれた過去を考え合わせれば、クロスも似たような経験をしている。

 無力さを痛感させられた過去が、この魔法使いを形作ったのだ。


「で、提案というのは、」

「ありがとう」


 何がどう悔しかったのか、今までに何があったのか、力になるから話してほしいとか、そんなありきたりなことを言われなくて、ありがたかった。

 何も語らなくても、同類であると看破し、認めてくれたことが嬉しかった。

(だって、言葉なんて何の役にも立たないもの)

 今までよく頑張ったね、もう大丈夫だよ、つらかったね、もう心配いらないからね――そんな安っぽい慰めの言葉は、いつでも簡単に裏切れる。救護院に行ったきり、行方不明になって戻って来ない人間もいれば、「これからよろしく」「仲良くやろう」そう言って握手を交わしたパーティーが、ダンジョン内で仲間を置き去りにする世の中だ。

(だったらわたしは言葉なんかいらない)


 (かぶ)せ気味にお礼を言って、その後は黙って提案を聞いた。

 何への感謝の言葉だったのか、問い返されることはなかった。

 それがまた心に染みた。


「魔法学術研究都市アレスニーアのことは知っているな?」

 国家直属のエリート魔法使いを輩出するような名門校だ。魔法学に特化した学園でありながら、王都の王立リリアーナ貴族学院と同程度の規模を誇ると言われている。

「どうだ、アレスの特待生として学園に来ないか? 苦労して辺境まで行ったところで、女ができるような仕事は数えるほどしかない。奉公と言ったところで、どうせ小間使いか下働きだろう。下手すれば一生、畑を耕して暮らすことになるぞ」

「その言い方は農民の方に失礼では?」

「もっと豊かな土地ならいいが、辺境の土地は痩せている上、常に魔物の脅威と隣り合わせだ。農村の暮らしは貧しく、厳しい。都会育ちの娘ではとうてい適応できないだろう」

 そう言われても、その辺境へ行けと言ったのはお父様だ。

 それに、お祖父様の介護に行くのであって、就農するわけではない。


「その気があるなら、特待奨学生として推薦してやる。アレスは実力主義だから、出自は問われない」

 とは言っても、貴族のほうが圧倒的に多いはずだ。

 平民より、貴族の方が強い魔力とスキルを持っているというのが、この世の常識なのだから。

 だから貴族は選民として、統治する側にまわるのだ。

「天属性ともなれば、十分に入学の資格はある。基礎さえ学べば、高等部の二年として編入させてやる。そう言えばアリア、お前、何歳(いくつ)だ? 十六か十七くらいだろう? 高等部で問題ないな」


 なんというか、どこから突っ込めばいいかわからない。

 まず、女性に不躾に年齢をたずねるとは、どういう了見なのだと問い(ただ)したい。――が、貴族社会では不躾でも、在野の冒険者としては普通の話題だろうから、追求はできない。

 それに“編入させてやる”とは、なんて不遜な物言いだろう。

 実力主義がモットーである学園に、ただの編入生ではなく“特待奨学生”を捩じ込もうというのだ。実家がそれだけの権力を持っているということだろうか?

(それにしても……)

 やはり貴族というのは現実を知らないのだなあ、と改めて実感した。

 クロスは、自分はリオンよりは身分が下であるような言い方をしていたけれど、平民であるとは言っていなかった。“引き取られた”という言い方をしていたことや、明らかに貴族であるリオンと対等に接していることからも、それなりの家柄であろうことは察せられる。

 奨学金だけでは暮らして行けない現実を知らないのだろう。

(だいたい奨学金って体裁のいい借金でしょうに)


 わたしが黙っていると、横から温かいコーヒーを満たしたカップが差し出された。

(さっきからいい香りがしていたのよね……)

 お礼とともに、両手で包むようにしてカップを受け取ると、リオンが言った。

「クロスはあの学園で客員教授をやっているんだよ。魔法使いとしては、最年少の客員教授サマ」


 魔法以外の専門分野を教える教師には、学院生と見紛うくらいの若手も多いが、アレスの専売特許である魔法に関しては、客員教授といえども知識と経験を積んだ年配者が就くのが通例だ。

 そこを、ぜひにと請われて着任したのがクロスである。と、リオンは自分のことのように相棒の功績を語り出した。


「全属性持ちで博覧強記、古代魔法の研究に関しては右に出る者はいない。なにしろアレスの七尖塔の女帝、エリン・メルローズの愛弟子だ。しかも、全七尖塔でも最年少の弟子入りだ」

 控えめに言って天才だよ、とリオンは通俗的なほめ言葉で締めくくった。


「そんなにお偉い先生が、どうして冒険者なんかやっているの?」

 どうりで魔法学概論の講釈が堂に入っているわけだ。

「養父が教職に就けとうるさいから、妥協した結果だ。好きでやってるわけじゃない。――だが、今だけはアレスの職員であることを感謝してもいい」


 話によると、教職員には才能ある若者をスカウトする義務があるらしい。貴族出身の職員の場合はさらに、入学するにあたっての諸々の援助や後見まで担うことがあるという。


「オレと師匠の推薦があれば、特待生の枠くらい幾つでも取れる。駄目なら、養父殿(親父)に頼めばなんとでもなる。とにかく、まずは師匠に会ってくれ」

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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