84.かみ合わない二人①
気まずい雰囲気と一緒に香草風味の串焼きを味わっていると、飲み物のカップを置いたクロスがすいと立ち上がった。
わたしが座っているベンチの横まで来ると、その場に跪いた。
(え、何?)
隣で、肉を挟んだパンを囓っていたレッドが、一瞬、咀嚼を止める気配がした。
「アレスニーアに来ないか?」
クロスは真面目な顔をしてそう言った。
「もちろん、すぐにとは言わない。辺境まで行って、奉公先に断りを入れてからでもいいが——このまま旅の行き先をアレスに変えれば、危険を冒して荒野の谷を渡らなくて済む」
「ちょ……ちょっと待って、いったい何の話?」
アレスニーアとは、王都と同程度の規模を誇る巨大都市の名であり、魔法の研究が盛んな学園都市である。
魔法学術研究都市アレスニーア。通称、魔学都市アレス。王都と同じように城塞都市でありながら、城壁が全て魔法結界でできていて、視界を遮る高い壁がなく、とても景観の美しい都市だと聞く。
「この馬鹿、酔っ払ってんのか」
リオンが音もなく近づいて、クロスの後頭部を叩いた。
「酔ってはいない。あんな気の抜けたワインで酔えるわけがないだろう」
「酔っ払いはみんな酔ってないって言うんだ」
クロスは後頭部をさすりながら弁解する。
「反省したんだ。昼間は言い過ぎた。謝罪と償いをしたい」
えっと、だから何の話ですか??
「クロスの兄さん、それは昼間、鑑定結果の話でアリアを泣かせたことに対する謝罪か?」
横からレッドがそう言うから、わたしは驚いてレッドとクロスを見比べた。
(なんで!? なんで、いつの間にそんな話になってるの??)
「腹が立ったんだ。お前がせっかくの才能の無駄にしていると思って……」
クロスが理由らしきものを述べているけれど、正直、鑑定結果が出た後のことは細かく覚えてはいない。
クロスが「無知は言い訳にならない」と、わたしが鑑定結果を頭から信じ込んで、再鑑定することを考えもしなかった愚か者であると評していたことは、薄らと覚えているけれど。
(もしかして、わたしが泣いたのは、クロスの言葉のせいだと思われているの?)
困ったな……。
否定しても、すでに信じてもらえなさそうな雰囲気になっている。
「才能を無駄にしているお前自身にも、無能な司祭にも、無属性などというあり得ない結果を信じて、しかもそれを放置して何の対策も講じなかったお前の親にも、お前に対して何の助言も手助けもしなかった周りの大人の全てに、腹が立った」
「……」
なぜ、クロスが怒る必要があるのだろう。
わたしが無知で愚かなせいで才能を無駄にしていたから怒る、というのはまだ理解できる。
調べ、知り、学ぶ努力を怠っていたわたしが悪いのだから、愚鈍な生き物を見て不愉快な気分になったとしても仕方がない。
(昔、よくお父様からも言われたもの。不愉快だから顔を見せるな、って……)
でもそれ以外は、クロスが怒る理由にはならない。
司祭が無能で被害を被ったのはわたしであるし、わたしの両親がわたしを放置したことも、周りの大人が誰も助けてくれなかったことも、それこそクロスには関係のない話だ。
「だが、その苛立ちをお前にぶつけるべきではなかった。オレは運良く、教養のあるお方に引き取られたから魔法を学ぶことができたが――オレがそうできたからといって、他の奴も同じようにできるとは限らない。ということを、失念していた」
「……」
「ここに謝罪する。どうか許してくれ」
「……」
許してくれと言われても、何を許すのだかよくわからない。
わたしが首を傾げていると、レッドが横から肘で小突いてくる。“返事してやれ”という合図のようだった。
わたしはとりあえず、食べかけの串焼きを取り皿に戻して、言葉を探した。
「……謝罪すると言われましても、わたしはあなたから謝罪されるようなことをされた覚えはありませんから、その謝罪を受け入れるわけにはいきません」
クロスの後ろで、リオンが必死で笑いをこらえるように震えていた。
「アリアちゃんそれ、サイコー……!」
「よく言ったぜ、アリア!」
レッドが、タレでベトベトになった手で“グッジョブ”とばかりに親指を立ててサインを送ってくれるが、これもまた理由がわからない。
「オレもクロスの兄さんには、ちょっと腹立ってたんだぜ? アリアが何も言わないから黙ってたけどよ。言うに事欠いて、鑑定結果を信じてたアリアが悪いみたいに言いやがってさ! アリアが属性魔法が使えないことで、どれだけ苦労したかも知らねえくせに! ――だいたい、鑑定魔法が一回いくらすると思ってんだよ!」
これだからお貴族様は! とレッドが怒ってまくし立てた。
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