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83.裏事情を知らない二人②

 レッドと並んで食卓について、ありがたく串焼きをいただいた。

 かまどに火が入っている他に、周囲が光魔法でほんのりと照らされていることもあって、食べるのに困らない程度には手元が見えた。

(光量を調整しているのでしょうね……)

 村へ来るまでの道中、街道を照らすのに使った光球とは違って、黄色みのある柔らかい光だった。


 魔鳥の肉の串焼きと聞いていたから、屋台で売っているような甘辛ダレの品を想像していたけれど、供されたものは野菜が一緒に刺さっていて意外と(いろど)りがいい。

 他にも、串に刺し切れなかったのであろう、余った野菜が網焼きになっていて、別皿にたくさん盛られていた。

「野菜はギルドのおばちゃんからもらったんだ。いっぱいあるから、たくさん食べてね」

 リオンがそう言いながらてきぱきと給仕してくれる。

 飲み物は普通の水と、いつもの果実水があった。リオンとクロスが飲んでいるのはワインかもしれない。飲みながら魔法を使い続けられるとは、たいした集中力――というか器用さだった。


 普通の魔法使いは、集中と詠唱が必須だから、魔法を使いながら他のことをするのは難しい。杖を使う場合は、さらに手が塞がって機敏な動きができなくなる。

 パーティーでの戦闘中も、長い詠唱を必要とする魔法使いのために、前衛が時間を稼ぐという戦法が一般的だ。

 つまり、魔法と剣技とを両立させている魔法剣士は、とても器用ということになる。

(今まで疑いもなく魔法使いだと思っていたけれど、クロスって魔法剣士だったのかしら……?)

 そういえば、最初に見たときも、杖ではなく短剣を使っていた。

 ふと気になったけれど、リオンが次々に串焼きを勧めてくるので、そんな思考はすぐに散り散りになって消えた。


 肉は串によって味付けを変えたものが何種類もあって、意外なほどのこだわりようだった。

「こっちとこっちは塩と香辛料(スパイス)、こっちは実家からくすねてきた秘伝のタレ。こっちは香草焼きだよ」

 やっぱり、実家からくすねてきているのね。

「食後にはコーヒーを淹れるよ。――猫くんは、足りなければパンもあるから言ってね。一応、君の快癒(かいゆ)祝いも兼ねているから、遠慮しなくていいんだよ」


 遠慮なく食べていいと言われ、目を輝かせるレッド。勧められたパンを礼を言って受け取ると、さっそく肉と野菜を挟めるだけ挟んで頬張っていた。

「やっぱ、パンに挟むならタレ付きのほうだな」

 レッドは指先に付いたタレを舐め取りながら、したり顔で言う。

「急にたくさん食べると、おなか壊すわよ」

「何言ってんだよ。食えるときに食って、寝れるときに寝る! これ冒険者の鉄則だぞ? っていうか、獣人の胃袋なめるなよ。寝溜め食い溜めならまかせろ」

 寝込んでいた間、ずっとミルク粥や雑炊ばかりだったので、その反動かもしれない。

 わたしの従者が欠食児童並みの食い意地というのは、少し考えるところがないでもなかったけれど、レッドが寝込む羽目になったのは、元はと言えばわたしのせいでもあるから、強くは(たしな)められなかった。


(それに、たぶん……)

 場を盛り上げようと思って、わざと道化を演じている節がある。泣き止んだばかりのわたしが気まずい思いをしないようにという配慮だ。

 ここに来る途中も、元気になったことをアピールするために、何度も軽技のような宙返りをして見せてくれた。

 それに、叱られるくらい大袈裟にふざけていれば、病み上がりだとは思われない。周りに心配をかけずに済む。自分を叱っている間は、居心地の悪い雰囲気からわたしの気を逸らすこともできる。そう考えての行動だろう。


 リオンにも似たような気遣いがある。

 わたしが謝ったときも、深くは追求しなかった。

 その話題には一切触れずに、席に案内してくれた。

 本来なら、根掘り葉掘り事情を聞きたいところだろう。

 大まかな事情を察しているとしても、本人の口から詳細を聞きたいと思うのが人間だ。

 気遣っている振りをして、実は野次馬根性で事情を聞きたいだけ。もしくは、心配しているのは本心だろうけれど、他人には話しづらい事情があることを考慮できない人たちが多い。

 いささか好奇心が強すぎるだけで、悪気はないのだろうけれど、あまり親しくなりたいとは思えない人たちだった。

 それに比べると、リオンはなんていうか――無駄に優しい。

 一概に育ちのせいとは言い切れないような、紳士的な雰囲気がある。

 今までも、わたしなんかには過分とも思えるような心配りを感じることが、何度かあった。

 それでいて、親しみやすさも兼ね備えているのだから、不思議な人だ。


 レッドは一応、気を使っているつもりなのか、あんなに肉、肉と言っていたわりに、肉ばかり食べずにパンと野菜もバランスよく摂っている。

(賢いんだか馬鹿なんだか……)

 わたしは、これなら放っておいても大丈夫だろうと、リオンにパンのおかわりを要求しているレッドから目を逸らした。

 その実、レッドはとても賢い――というか利発だ。空気を読む(すべ)に長けている。本当におなかを壊すほど、食べ過ぎることはしないだろう。


 魔鳥の串焼きはどれも美味しかったけれど、香草と塩をまぶして焼いたものが気に入ったわたしは、大皿から次の串をもらおうと思い、手を伸ばした。

(乾燥させた香草を粉状にして、塩と混ぜて調味料にしているのね……)

 香草自体はどこでも採れる種類で、馴染みのある味と香りだった。その分、肉の風味が感じられる。

 簡単な味付けでありながら、香草と塩のブレンド具合が絶妙で、丁寧に調味されていることがわかる。

 串をつまんで何気なく視線を上げると、向かいの席のクロスと目が合った。合ってしまった。

(き……気まずい……)

 この天才肌の魔法使いは、きっと、わたしのことを軽蔑しているだろう。

 無知で愚かな小娘というだけでなく、理由も言わずに泣きじゃくる女など、鬱陶(うっとう)しいだけだ。

 最初に謝ったときも、生返事で適当に流されて、リオンのように(こころよ)く許してはもらえなかった。

(もう、前みたいにはお話しできないのかな?)

 クロスの話す魔法学概論を拝聴するのは、思ったより楽しかった。

 古代語と古代魔法語の翻訳で役に立てたことは嬉しかったし、苦手な現代魔法語の基礎を教わることができたのも幸運だった。

 ギルドの無料講習で教えている教官たちと違って、面倒くさがらずに丁寧に教えてくれるところには、内心、とても好感を持っていたのだ。

 この先、気まずい雰囲気のまま旅を続けることになるのかと思うと、非常に憂鬱(ゆううつ)な気分になった。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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