81.調査報告(と言う名の推理パート)③/三人称
「俺は、アリアちゃんは人間だと思うよ。乳母の証言は信じていいと思う」
「なぜ」
「……クロスは知らないだろうけど、貴族の家庭において、乳母というのは時に実の母より近しい存在になるんだ」
家格が高ければ高いほど、その傾向は顕著に現れる――とリオンは言った。
「お得意の勘か」
「根拠が薄くてすまない」
「まあ、いいさ。リオンの勘――というか人を見る目は、オレよりよっぽど確かだからな」
「不当に解雇された後までも、主家の秘密を守り通す義理はない。乳母は、アリアちゃんが本当にハーフエルフだったとしても、嘘を吐いてまで庇う必要はないんだ。アリアちゃんがすでに家から追い出されている以上、今さら嘘を吐いて彼女を人間だと言って庇っても、双方に何のメリットも――ましてやデメリットもない」
「アリアは正真正銘、ヴェルメイリオ伯爵家の正当な血を引いた令嬢であり、人間である。オッドアイは大病によるものであり、ハーフエルフではない。――リオンが言いたいのは、そういうことだな」
ああ、とリオンが首肯した。
「今になって、急に辺境に遣わされた理由が知りたい。その辺りに、冤罪事件の鍵があるんじゃないかと思うんだ」
「だが、アリアが人間ならば、並み外れた魔力の説明がつかない。疎まれ虐げられていたのなら、いつ、どこで古代語や古代魔法語を習得した? ローランド寄宿学校に魔法課程はない。ギルドにも、そんな失われた古代の遺物を学習できる場所はない」
ギルドの魔法は実践第一。理論や読み書き計算は二の次である。
「クロスお前、自分が学んだ学問を古代の遺物とか言っちゃうわけ?」
「事実だろう。必要があったから学んだだけだ」
「そうだろうけどさぁ……」
「疑問はまだあるぞ。アリアが人間ならば、なぜ天属性が表れた? 人間にも天属性が表れるとなると、これまでの通説が間違っていたことになる」
「もしかして、鑑定魔法の基準も変わってくるとか……?」
リオンが頭を抱えた。
「他にも“属性なし”判定をされた者がいるなら、鑑定のやり直しや補償が必要になるかもしれないな」
「兄貴の仕事がまた増えるっ」
民のためなら労苦は厭わないだろうが、そうなるとリオンも実家の手伝いをやらされて、冒険に出られなくなるのは必定だ。
「まあそれも、確証が得られてからの話だが……」
確証を得るためには、アリア自身のことをもっと知らなければならない。
「使用人たちは、エルフが魔法を使うところを見たのか?」
「いいや。先触れも供もなく突如として現れ、いつの間にかいなくなっていたそうだ。タクトの妻と言うには、恐ろしく若く美しい見目をしていて、奥様が『セレーナお義母様』と縋り付いて助力を請うまで、誰もその人物が噂の大奥様とは思い至らなかったらしい」
「辺境伯は、リオンの祖父殿と同世代だったはずだな……。エルフはヒト族よりはるかに長命だから、老い知らずということもあり得るだろうが……」
セレーナが本当にエルフだとしたら、エルフ固有の魔法が存在する可能性はある。そしてそれが、アリアに何らかの影響を与えた可能性も――。
クロスは考え込んでしまった。
* * *
うっすらと明るい広場が見えた。
村の中心とは言っても、宿屋や食堂などの商店があるということは、すでにそこが村の中心のようだった。宿のすぐ近くというわけではないが、遠くもなかった。
(“中心街”の定義が王都とは全然違う……)
王都にある噴水広場くらいの、ちょっと開けた場所というだけだ。市民の憩いの場のようなものであり、大規模な集会やパレードが行えるような規模ではない。
王都で言うと、子供が集まってボール遊びができる程度の“空き地”である。
(途中の村では馬車の乗り継ぎだけで、よく見て回ったわけじゃないものね……)
宿屋と馬車乗り場周辺しか見ていない。
王都から離れるに従って、町や村の規模はどんどん小さくなっているようだった。
レッドに案内してもらわなかったら、誰かの庭園の一部だと思って素通りしているところだった。
「アリアちゃん! 待ってたよ!」
リオンが気づいて手を振ってくる。
クロスは素知らぬ顔で飲み続けていた。
「ほら、やっぱり猫くんに任せて正解だっただろ! 賭けは俺の勝ちな! 残りの肉は俺が全部もらった!」
わたしが食事に現れるか否か、勝手に賭けの材料にされていたようだ。
(別にいいけど……)
リオンが、わたしたちを空いているベンチに誘導する。
(またこの人は……)
レッドを奴隷扱いしないでいてくれる。
わたしは、それが嬉しくて微笑んだ。
「ありがとう」
レッドがその横で頭を下げる。
「よかった。ちゃんと笑えるようになったみたいで……」
そう言えばわたしは、大泣きしたところをリオンとクロスの二人ともに見られている。
「あ、えっと……」
なんて言い訳をしよう。
「クロスがキツいことを言ったみたいで、すまなかったね」
「いえ、そんなことは……。わたしのほうこそ、迷惑をかけてごめんなさい」
気の利いた言い訳は思いつかなかった。
「気を遣わなくていいよ、迷惑だなんて思ってないし。これからは一緒に旅する仲間なんだから、気楽にいこうよ」
怒られない、迷惑がられない、嫌われない――そういう反応に慣れなくて、わたしはしどろもどろでお礼を言うしかなかった。
クロスが言っていたのは、当たり前のことだ。
無知な上、自分が無知であることに気づきもしなかった自分が悪い。
誰からも謝ってもらうようなことではないのに。
「まだ肉残ってる? オレらの分ある??」
レッドが、その場の雰囲気を取り繕うように、調理場のかまどや木卓の上を見て声を上げている。
わあすげえ、美味そう! と大声ではしゃぎながら、レッドがわたしのことを呼んだ。
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