8.蹂躙③
レッドにかけた治癒魔法の回数は、十三回を超えた時点で数えることをやめた。
普通は、放った魔法の種類と回数を数えることで、残り魔力量の目安にするものらしい。
実戦経験を通して、攻撃魔法なら何発以上、治癒魔法なら何回以上で魔力枯渇に陥るか、自分なりのデータを蓄積して実力を計測してゆくものらしいのだ。
けれど、わたしは“恩寵の右目”を得てから、魔力枯渇に陥ったことがない。
属性魔法は使えなくても、魔力量だけなら化け物並みにあった。
レッドが使うような初級のファイアーボールなら、おそらく何百発でも連打できる。最上級の治癒魔法でも、あと三十回くらいは余裕で打てる。
数えるだけ無駄というか、頭の中で数えられる回数を優に超えてしまう。
外の様子はといえば、賊の数は半分にまで減ったけれど、何か様子がおかしかった。
レッドが相手をしている三人と、馬車を取り囲んで結界を破ろうとしている者が三人――。
残り四人は、何もせず状況を見守っているだけだ。
盗賊の仕事ぶりに詳しいわけではないけれど、上位の者が下っ端を監視しているという様子でもなさそうだった。
「ねえお嬢ちゃん、」
すると突然、話しかけられた。
腕をつかまれ、注意を引かれる。
隣の席の年嵩の女性だった。
「外で戦っているの、お嬢ちゃんの連れだろう? この馬車に魔法結界を張ってくれているのも、お嬢ちゃんなんだろう?」
わたしもレッドも、道中はあからさまに冒険者とわかる格好は避け、粗末なローブを着て、さして裕福ではない商家の娘と従者のふりをしていた。さも、お使いで遠出しているのだとでもいうように。
レッドも馬車の中ではずっとローブを被っていたから、獣人だとはバレてはいないはずだ。
わたしは、魔法を使うときに杖を必要としない。呪文の正式詠唱もしない。
馬車の中では魔法使いだとバレるような仕草はしていないはずだった。
今も、助けを祈るだけの怯えた小娘のふりをしているのだ。
ザザッと猛禽の視界が一瞬、乱れる。
「なんとなくわかるよ。あたしの勤め先にはよく魔法使いが出入りしていたからね。雰囲気が似てる」
おばさんの問いかけは、魔力感知でも何でもなく、ただの経験と勘だった。
「どうなんだい? あたしたち、助かりそうかい?」
“お願いだから話しかけないで”
集中が切れたせいか、長いまばたきでもしているように、外の光景が途切れ途切れにしか見えなくなった。
(ちがうっ――!)
鳥との同調が乱れたわけではなかった。
(魔力妨害――!)
あの四人の中に、魔法使いがいるのだ。
わたしが外の様子を鳥との同調で把握しながら治癒魔法を使っていることを、知られてしまったみたいだ。
右目の視界の中に、四人のうちの一人が杖を取り出すところが見えた。
「危ないっっっ!!」
とっさにおばさんの手を引いて頭を下げさせる。
わたしも同じように、座席から転がり落ちるようにして身を伏せた。
頭上で、巨大な爆発が起きた。
巨大な火球らしき物体が、馬車に直撃したのだった。
攻撃魔法が相手では、わたしの魔法結界など一撃で木っ端微塵だ。
わたしは自分の周りと、咄嗟に手をつかんでしまったおばさんの周りにだけ簡易の魔法結界を張り直したが、爆風で吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。
どうにか起き上がると、爆発の直撃を受けた家族連れが血まみれになって倒れ伏しているのが目に入った。
火球を避けていた盗賊が再び馬車の残骸の周りに集まってくるが、親子三人には見向きもしない。もう死んでいるのだ。
猛禽との同調は完全に切れてしまっていて、レッドの様子がわからない。
一緒にいるおばさんは無事だ。
盗賊らは、残りの乗客――痛みと恐怖にうめく彼らを、次々に殺した。
出稼ぎ帰りの男性も、若いカップルも、おばさんの同僚らしき女性も、命乞いをする間もなく殺された。
ファイアーボールの余波の炎が広がって、馬車の残骸が燃え始めていた。
(ああ――これはもう駄目かもしれない)
そう思ったとき、レッドの姿が見えた。
さっきまで相手取っていた盗賊を無理やり振り切ったのか、半ば追われるようにして必死でこちらへと駆けてくる。
酷い姿だった。
怪我は治癒魔法で治せるが、流れた血と浴びた返り血はきれいにはならない。
血と汗と泥にまみれ、何度も斬りつけられ、火魔法の火の粉で焦げた装備。
なけなしのお金で買ったダガーもローブも、とっくに無くした。
そんな有様でも、レッドはわたしを守ろうとすることを諦めていなかった。
馬車の側にいた者が、そうはさせるかと標的を変更してレッドの前に立ちはだかった。
レッドの背後には、振り切れなかった盗賊が二人、迫っている。
反対側では、盗賊姿の魔法使いが、二発目の魔法を放つための詠唱を開始している。
杖の先は真っ直ぐにこちらを向いている。
「アリア――!」
「来ちゃ駄目、レッド! 後ろ!!」
どうにかして魔力を集束させて結界を纏おうとするが、できなかった。
せめて、レッドの周りに魔法障壁をと思ったが、間に合わなかった。
レッドの右脚が、宙に舞った。
膝から下を斬り飛ばされて、叫びながら転がるレッド。
ほとばしる血が、瞬く間に大地に吸い込まれてゆく。
(早く治癒魔法をっ)
それとも、もっと高位の再生魔法が必要だろうか――? 一瞬ためらった隙に、こちらを狙った魔法使いの杖から、二発目の攻撃魔法が放たれた。
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