72.猫とスキル②/レッド視点
正式な鑑定魔法は教会に行かないと受けられないから、奴隷商会では“鑑別石”という独自の石版を使って、鑑定をしていた。
レベルとスキルくらいしか表示されない、教会の鑑定石のまがい物みたいなやつだ。
それは今、クロスが持っている石版とよく似ている。
光り方なんか、そっくりだった。
「呪いっつったら、奴隷は全員呪われてるようなもんだろうが」
それこそ、生まれたときから呪われている。
奴隷身分に生まれついたというだけで、首輪を付けられ、不自由な人生を送る羽目になるのだ。
(そういう意味では、オレもまだ首輪付きだから、十分に呪われていると言えるか……)
「お前が素人の浅知恵で発動させた魔法は、正式に呪いと判定されている。今のお前は、自分で自分に掛けた呪いの反動を受けている状態だ。熱が引かないのは、その自前の呪いで魔素中毒からの回復が妨げられているからだ」
「呪い? 発動? 何だよそれ。オレ魔法適正ないから、初級のファイアーボールくらいしか打てねえぞ」
「鑑定結果に書いてある。襲撃のあった日、お前が最後に使った魔法は何らかの“呪い”だと」
「その石版、奴隷商会にもあったぜ。ときどき誤作動で表示が読めなくなるやつだろ」
まがい物の表示だ。正しいとは限らない。
普通の人間は、教会の正式な鑑定魔法しか受けないから知らないだろうが、奴隷商会の鑑別石は、結構な頻度で誤作動を起こしていた。
そこにアリアが割って入ってきた。
「レッド……あのね……石版は問題ないの……」
涙を拭いて、懸命に話そうとするアリアの手には、男物のハンカチが握られていた。
「鑑定石も、鑑別石も、どれも内容は古代語で記されているの。……だから、古代語が苦手な人が使おうとすると、読めない箇所が増えて、誤作動を起こしているように見えるわ」
「あとは、魔力の問題だな。極端に魔力量が少ないとか、魔力操作が下手だとか、先天的に魔道具と相性が悪い者もいる。商人の中には、魔力が少ないからこそ商人を目指したという者も多い」
「マジかよ」
商会では、誰が見てもスキル持ちのはずなのに、鑑別石で「スキルなし」判定をくらって等級を下げられた奴が何人もいる。かく言うオレも、その中の一人だ。
(あいつら……わざとやってるのかと思ってたが……ただの無能だったんだな……)
奴隷は誰も鑑定魔法の仕組みなんか知らないから、告げられた判定結果に従うしかないのだ。
(仕組みがわかったところで、文句を言える立場でもねえけどさ)
勝手に鑑定されて、勝手なことを言われて、勝手に値段をつけられて、それでついでに一生が決まる。そんなものだと思っていた。
「それなら、アリアは“鑑定”ができるってことだよな?」
アリアがうなずいた。
「勝手に見てごめん。熱が下がらない原因を早く知りたかったから……」
「アリアならいいよ。別に隠すようなこと、何もねえし」
アリアはいい。オレの契約主だし。主従の間なら、許される。
でも、クロスは違うからな。たぶん鑑別石はクロスの物なんだろうけど、それとこれとは話が別だ。
(まあ、アリアはクロスのことを医者みたいに思ってるから、許可したんだろうけど……)
市中で許可なく鑑定魔法を使うことや、本人の許可なく鑑定することは禁止されている。具体的な罰則があるわけじゃあないが、バレたら大ひんしゅくを買う行為だ。
違法か合法かという以前に、冒険者としての常識だ。冒険者なら、奴隷でも子供でも知っている。
――というか、冒険者の中にはたまに鑑定スキルを持っている奴がいて「見た・見てない」で喧嘩に発展することがある。誤解されないよう気をつけないと、痛い目に遭うのだ。
(奴隷商会内部で鑑定が行われていること自体、違法みたいなものだけどな)
商品である奴隷には、ステータス情報を隠蔽する権利がない。
ちなみに“鑑定スキル”っていうのは、鑑定魔法の下位互換みたいなものだ。石版を必要としないが、自分よりレベルの低いものしか調べられない。
ないよりはマシだが、非常に使いどころが限られるスキルで、対人戦闘よりも動植物や魔道具の判別に使われることが多い。
「そんなことより、オレの鑑定結果だけど、何かスキル付いてなかったか?」
鑑定したなら、それこそが知りたい。違法か合法かなんて、そんなことはどうでもいい。
「……あったわ」
「やった!」
やっぱり、商会の鑑定が間違っていたんだ!
「何だった? ミミックを見破れるスキルとか、鍵開けが速くなるスキルとかだろ?」
絶対、そうに決まっている。
「えーと……」
鑑定が成功するかしないかの鍵が古代語だっていうなら、商会の奴らなんかより、アリアのほうが絶対的に信じられる。
オレは、アリアが古い魔法書を読みこなせるのを、実際に見て知っているからだ。
アリアの魔法のほとんどは、独学なんだそうだ。
普通の魔法書は高くて手が出ないから、ギルドで借りれるやつを全部読んで暗記したと言っていた。
ギルドで借りれる本がなくなったら、次には雑貨屋や古道具屋に行って、投げ売りされている古書を買いあさった。
素人目には何が書いてあるのか、何語であるのかもわからないような古びた本を、アリアは好んで買っていた。
そういう本は、古代語や古代魔法語で書かれているから、価値がわからない人間によって、ゴミ同然の価格で販売されているのだという。
高等魔法を学んでいる魔法使いは、多少は古代魔法語が読めるから、大型書店の特設コーナーや古書店などで希少価値のある魔法書を探したりするらしいが、古道具屋の片隅に積まれたゴミの山の中までは探そうとは思わないものらしい。
「整理されて書店に並んでいれば、ジャンルや分類であたりをつけられるけれど、粗大ゴミの中に紛れていたら、何も手がかりがない状態だから探せないもの」
そんなふうにアリアは言った。
そもそも、一山いくらで売られるようなゴミ同然の書籍の山は、希少な書籍が抜かれた後の、本当のゴミであることがほとんどだ。学のないオレでもわかる、明らかに状態が悪くて価値がなさそうなものや、どこの店に行っても置いてある量産品、そして言語が不明で何が書かれているのかわからない本や、誰かの手記のような手書きの記録だったりする。
アリアはこの“何が書かれているかわからない本”や“誰かの手記”のようなものを的確に選別して買い込んでいた。だいたいが古代語と古代魔法語だから、普通に読めると言っていた。
「転売でもするのか?」
「それは無理ね。無属性魔法の魔法書と素人の手記だから、値段が付くとは思えないわ」
「そういうもんなのか?」
「うん。高値が付くのは、属性魔法の魔法書だけよ」
ゴミ同然の本の山は、正真正銘、ゴミだった。
「でも、わたしには属性魔法の魔法書は必要ないから、ちょうどいいわ。手記のほうは、生活魔法についての記述が多いから助かるし」
オレはよく、買い込んだ本を持たされて、そんな会話をしたことを覚えている。
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