70.後悔/クロス視点
「おいクロス、これはいったいどういう状況だ?」
いつの間にか帰ってきていたリオンが、どことなく棘のある口調で問いかけた。
「リオンか……」
「鍵開いてたぞ。不用心だな」
「すまん。それどころじゃなくてな」
「なんでアリアちゃん、泣いてるんだよ」
「……」
オレは傍に転がっている鑑定魔法を使うための石板を指し示した。
こうなった事情を話さないわけにはいかないから、結局、鑑定石のことがバレてしまうが、仕方がない。
「クロス、また研究室の備品を勝手に持ち出したのか。バレたらクビになるぞ」
「リオンは見なかったことにしておいてくれ。オレの独断だ。お前に迷惑をかける気はない。バレたら全部オレが罪を被ってクビにでも何にでもなる」
無許可で鑑定魔法を使用するのは違法である。少なくとも、この国――ウェスターランド王国ではそう定められている。さすがに、定めた側の人間に率先して法を破らせるわけにはいかない。
「そういうことを言いたいんじゃない」
「帰って来たならちょうどいい。ちょっと代わってくれ」
「はあ!? どこ行く気だよ」
「外の空気を吸いに。――事情は猫にでも聞いてくれ」
「なんだよそれ。俺だってこの後、魔鳥を捌いて夕食の準備しないとならないんだけど?」
「わかった。魔鳥はオレがやっとく」
「あ、ちょっと!」
全部、リオンに丸投げしてオレは部屋を出た。
文句を言いながらも、リオンなら上手く事態を収集してくれるだろう。
いつものことだと諦めたのか、去り際のオレに魔鳥を押し付けてくる。簡単に調理法と、広場の調理設備が使えることを教えられた。
「悪いな。たぶん、オレが余計なことを言ったせいだ」
鳥の羽でも毟っていれば、少しは頭も冷えるだろう。
嘘は言っていない。
鑑定魔法は噓を吐かない。
だが、もう少し“言い方”ってものがあったことも事実なのだろう。
たぶんオレには、人として必要な情緒が著しく欠けている。
師匠からも、養い親からも、そのようなことを言われた記憶が薄らとある。
そのときは、大事なことだとは思わなかったから、聞き流した。
魔法を使うにあたって、情緒は不要だ。むしろ邪魔にしかならない。必要なのは安定した精神と集中力。それに、魔力だ。
いちいち感情的になっているようでは、魔力を練ることも、魔法陣を編み上げることも、巧くはできない。
(恐らく、情緒なんてものは教団で内臓と一緒にぶちまけられた)
救助に来た連中が、全部拾って元の通りに納めてくれたはずだが、たぶんそのときに取りこぼしがあったのだろう。
魔力拡張で魔素中毒に陥り、内臓を引っ掻き回されて、生きていただけで奇跡なのだ。情緒の一つや二つ、なくなったところで問題はないと思っていた。
(……今日までは)
身も世もなく泣きじゃくったアリアに、オレは慰めの一つも言えなかった。
それどころか、追い討ちにしかならないような言葉をかけた。
レッドが怒るのも無理はない。
自分の愚かさ加減に吐き気がした。
これを普通の人間は“後悔”と表現するのだろう。
オレは今まで“後悔”というものをしたことがない。しないことに決めていたからだ。
考えても仕方がないことは考えない。時間の無駄だ。魔法学に関すること以外は全て、瑣末事であって熟考には値しない。
あのとき、一人であんな場所をうろついていなければ、人攫いに捕まって教団に売られることもなかった。――とか。
学院に入れられた直後、因縁をつけてきた上級生を魔法で切り刻んだりしなければ、その後の学生生活がもっと明るいものになっていたかもしれない。――とか。
師匠のところでも、因縁をつけてきた兄弟子を全員、治療院送りにしなければ――せめて二、三人残しておけば――師匠の研究を邪魔することもなかった。
(仕方がないだろう。そのときは、実験に人手が複数必要だったとは知らなかったんだ)
――とか、後から考えてもどうにもならない。
兄弟子の治療院送りに関しては、後々、師匠の一番弟子の座を奪うためにやったことだと根も葉もない噂が飛び交ったが、それもどうでもいいことだった。
実際、オレは一番弟子の座に納まったが、だからといって噂を鵜呑みにする輩に逐一訂正して回るつもりもなかった。それこそ時間の無駄というやつだ。
だが今は、時間を無駄にしてでも取り繕いたいと思っている。
一度発した言葉は取り返しがつかない。それは魔法呪文の詠唱も、ほぼ同じだ。
(一応、取り消す方法もあるが……)
それには相応の対価が必要になる。反動で“返し”を食らう可能性も高いため、推奨はされない。
(取り消す方法……か。その方向で考えてみるのも悪くはない)
どんな対価を支払えば、取り消すことができるだろうか。
とりあえず、魔法でさっさと血抜きをやってしまおう。
オレは、ブラウン魔鳥を抱えて広場に向かった。
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