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【不遇令嬢はエルフになりたい】〜介護要員として辺境の祖父の屋敷で働くよう命じられたが、ざまぁする間もなく実家が没落した件〜  作者: 一富士 眞冬
第1章

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66.病み付く猫と鑑定魔法

 何もできずに、さらに三日が経った。


 レッドの病状は一進一退で、一向に良くなる気配がなかった。

 リオンは冒険者らしく、病気の治療といったら治癒魔法か魔法薬(ポーション)としか思っていないけれど、今のレッドには魔法も魔法薬も厳禁だ。

 クロスは、魔素中毒は普通の病とは違うため、治療法はないと言う。本人の体力だけが頼みだというのだ。


 最初の晩に比べると、熱があるときの苦しみ方もマシになってきたし、起きていられる時間が増えて、自分で身の回りのこともできるようになった。正気でいる間は、食事をすることも、話をすることもできるようになった。

 けれど、熱だけがどうしても引かない。

 いったんは下がったと思っても、またすぐにぶり返す。

 その度に寝台に伏せるレッドは、苦しそうというより悔しそうで、だんだんと精彩を欠いていった。


 獣人は人間よりも身体(からだ)が丈夫だ。

 治癒魔法を掛けなくても、怪我の治りは人間(ヒト族)より早い。

 暑さや寒さにも強く、滅多に風邪を引くこともない。

 わたしが知る限り、レッドも今まで熱を出して寝込んだことはない。

 怪我の痛みなら熟知していても、高熱による節々の痛みは未経験のはずだ。今の状況は、いわば未知の苦痛の体験になる。

(弱気になるのも無理ないか……)


 わたしとクロスはレッドの看病をし、合間に古代魔法語の勉強会をした。

 クロスの魔法鞄(マジックバッグ)には、驚くほどたくさんの本が入っていた。

 リオンの魔法鞄からは、食器や簡易の調理器具、食材や飲み物などの色々なものが出てくる瞬間を見たけれど、ここ数日でクロスの鞄からは本以外が出てくるところを見たことがない。

 丁寧に剣の手入れしていたリオンは、やがて単発の仕事を探しに村のギルドに行き、小銭を稼いで帰ってくるようになった。

 食事は交代で買い出しに行った。


 *


 五日目に差し掛かるころ、さすがにこの容態はおかしいとクロスが言い始めた。

「五日も経てば魔素は抜けるはずだ」

「それは経験から?」

「そうだ。外部から無理やり注入した魔力は、特殊な処理を施さない限り、じきに薄まって抜けてゆく。魔力移譲の場合は、(うつわ)側が枯渇していたり、移譲を望んでいたりと条件が整っているから上手く吸収されるだけだ」

 確かに、魔道具に込められている魔力も、年月を経て効力がなくなってしまうことがある。それを避けるためには、複雑な魔法陣を組み込む必要があり、魔道具が高級品とされる一因でもある。


「他に原因があると考えるべきか……」

 クロスは眉根を寄せて考え込んでしまった。

「熱が下がって、容態が落ち着いている時間帯があるということは、ほとんど魔素は抜けているはずだが……」

「何か別の病気かしら?」

「それはないだろう。獣人は人間よりも頑強だ。魔素中毒と一般的な病以外の原因を探ったほうがいいかもしれん」


 *


 六日目の朝、リオンがギルドに行くのを見送ってから、クロスが鑑定魔法を使ってみようと言い出した。

「これは違法だからリオンには内緒だ」

 そう言って取り出したのは、教会で使われているような半透明の鑑定石だった。

「それ……」


 “鑑定石”は鑑定魔法を使うために必要な媒体(アイテム)であり、教会で厳重に管理されているはずのものだ。

 しかも、鑑定魔法は危険なため――というか、プライバシーの侵害が著しく、個人(ステータス)情報の漏洩に伴う事件が頻発したため、国が認可した教会の司祭にしか使用が許されていない。


 それを、なぜクロスが持っているのだろう?


「これは“鑑定石”ではなく“鑑別石”と呼ばれているものだ」

「どう違うの?」

「同じだ。どちらも、鑑定魔法を掛けるのに使われる。王家と教会所有のものは、鑑定石。それ以外の場所に置いてあるものは鑑別石。呼び名と大きさが違うだけだ」

 確かに、子供のころに教会の“鑑定の儀”で見た石板よりも、一回りから二回りほど小さい気がする。

「“鑑定”は認可された教会でしか受けられないが、“鑑別”はその限りではない。鑑別石は、それを所有する機関が定めた用途に限り、限定的に使用を許可されている――というのが建前だ」

 半透明の石板の中に対象を映し出し、魔力を込めると文字として情報が表れるらしい。

「鑑定魔法も鑑別魔法も、鑑定石も鑑別石も、全ては同じものだ。認可の関係で呼び名が分かれているだけだ」

 いいか、よく覚えておけ。世の中は、かくも欺瞞(ぎまん)に満ちているのだ――と、クロスはしたり顔で言った。


「が、これが難物でな。使いこなすには相当の、」

「魔力が必要?」

「いや、魔力はそうでもないが、相当な語学力が必要になる」

「?」

「表示が全部、古代語なんだ。古代遺物(アーティファクト)の一種だから仕方がないと言えば仕方がないんだが……」

 つまり、使用者の読解力によって、読み取れる情報に幅が出るということだ。

「認可された教会の司祭しか使えないというのは、古代語を読めるような高等教育を受けた人材が、その辺りにしかいないからだ」

「……」

「身も蓋もない話をすると、鑑定石――鑑定魔法を使うのに司祭のジョブは必要ない。それなりの魔力と、古代語の読解力があれば、事足りる」

「……」

「正直言っちまうと、教会の鑑定なんざ、詐欺もいいところだ。よくあの読解力で恥ずかしげもなく金を取れるものだ」

「……」

「おい、聞いてるか?」

「あ、ごめんなさい。初めて聞く話ばかりで、ちょっと驚いて……」


「これは、ある学院の研究室が所蔵している鑑定――鑑別石だ。使用目的は、学術用途に限定されている。ついでに言うと、実は持ち出し禁止だ」

「大丈夫なの?」

「大丈夫だろ。誰も、こんなものの数をわざわざ確認しない」

 古代遺物(アーティファクト)を“こんなもの”呼ばわりですか。

「それに盗んだわけじゃない。借りただけだ」

 それを世間では“盗む”というのでは……。

 クロスは、持ち出したのは学術目的のためであり、決して邪教徒を識別するためではないと言い募った。

「ただ、リオンに見つかるとうるさいから、黙っててくれ」

 リオン(あれ)は一見、軽薄そうに見えるが、意外と根が真面目なんだ、とクロスは言った。


 黙って失敬したお茶といい、この鑑別石といい、隠し事がまた増えてしまった。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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