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62.昼食と猫②

「まいったな、」

 今までは、バレても急に態度を変えられたことはなかったらしい。

 冒険者の間では、詮索はタブーでもあるので、基本的には「見なかったこと」「聞かなかったこと」にされるのだという。


 そもそも多くの平民は、隣にいる冒険者の若者が貴族だとわかっても、急に態度を変えることができない。

 正式な挨拶の作法など知らないし、かしこまった話し方も苦手としている。

 態度を変えたくないから変えないのではなく、変え方がわからないから変えなくて済むように、気づかなかった振りをするものだそうだ。

 

 わたしのように、カーテシーを披露できる冒険者のほうが珍しいのだ。

 というより、異端だから二度とやるなと怒られた。下手をすると、媚を売ろうとしている商売女と間違われる、と。

 市井の平民は、美しいカーテシーと、そうでないカーテシーの区別などつかない。そこに本物の貴族令嬢がいるはずはないという思い込みがあるから、スカートを摘んでお辞儀をしていれば、メイド程度の身分の者だと判断する。

 商売女の間で、ちょっと崩れたカーテシーが流行っていることを知っている者は、その手の女と誤解しかねないとも。

(二人はなぜ知っているのだろう……)

 わたしが“流行りのカーテシー”のことを知っているのは、アトリエの近所のお姉さんから聞いたからだ。


「これが本物の豆だと見破ったのは、アリアちゃんが初めてだよ」


 コーヒーや発酵茶の存在自体を知らない冒険者は多い。

 少し詳しい者でも、焦げた木の根やパン屑をコーヒーの素だと信じているため、焦げた豆(・・・・)を見せても何とも思われなかったらしい。


「もちろん、交換条件はあるよ。条件を全部呑んでくれるなら旅の間、君たち二人の宿と食事の面倒を見よう」

「旅の間……?」

「そう。俺たちも辺境まで行くことにしたから、一緒に連れてってね」

 これが一個目、とリオンさんは言って素敵に笑った。


 わたしは思わずクロスの顔を見た。

 この人は本気なのだろうか、と。

 だって昨日、荒野の谷を渡るには力不足だと、自分から言ったのだ。

 それに、無理してわたしと辺境まで行ったところで、この人たちは何のメリットもない。


「その件については、リオンが解決策を思いついた。――それは後で話そう」

「でも……」

「いいからリオンの話を聞け。もうわかっていると思うが、こいつは貴族の三男坊だ。コーヒー豆は、帰省したときに実家からパクっている」

「ひどい言い草だなあ、クロス」

「これでも弁護しているつもりだが?」

「どこがだよ」

「庶民派だと強調してやっているじゃないか」

「ともかく、まあ、あれだ。貧乏貴族の三男坊、ってやつ。家督は兄貴が継ぐから、俺は自由の身ってわけ」

「貧乏とか言っているが、平民の貧乏と貴族の貧乏では格が違う。存分に(たか)って問題ないぞ」

 オレが保証する、と妙なところで自信を持って応えるクロス。

「それに、こう見えても中堅冒険者だからね。仲間を二人、食わせるくらいはどうってことないよ」

 特に今回は、貴族からの依頼で前金をもらっているから、懐に余裕があるのだとリオンさんは言った。

「冒険者二人分くらい、必要経費として上乗せして請求したところで、全然問題ないだろうしな」

 クロスもしれっと悪どいことを言っている。


「二つ目の条件は、俺のこともクロスみたいに呼び捨てにしてくれること。三つの条件の中で、これが一番重要な」

 リオンさんは、クロスだけズルい! と子供のように駄々をこねた。

「確かに家格は、うちよりクロスの家のほうが下だけど、だからって俺だけ他人行儀にされるのは寂しいよ。さっきみたいな改まった作法もやめてほしいかな」

「え……」

 クロスのことは、本人が呼び捨てにしていいと言ったから、開き直ってそうしただけだ。

「お互い、出自を詮索されるのは嫌だろう? ただの冒険者同士でいようよ」


 身分の高い者は、下の者を鷹揚(おうよう)に扱うことが間々ある。

 たとえば寄宿学校の中では、貴族出身の生徒が平民の取り巻きを増やしたいとき、それは実行される。

 同じ学舎の学友なのだから、身分など気にせず気安く話せと言い始めるのだ。

 ――が、言葉通りに受け取ると後で痛い目を見る。

 彼・彼女らはパフォーマンスとしてそれを行なっているのであって、本気で身分の垣根を超えた友人を求めているわけではない。

 その証拠に、一時的に平民を自分たちの領域(テリトリー)に引き入れることはあっても、自分たち(貴族側)からは決して平民の領域(レベル)に降りてゆくことはしない。


 それを、この自称「貧乏貴族の三男坊」の若者は、平気で冒険者でいたいと言うのだ。

 平民の中でも、冒険者はその日暮らしの傾向が強い。自分で商売をしている商人や、専門技術を持った職人よりも、下に見られることさえある冒険者風情に、だ。

 貴族のご令息が道楽で冒険者を体験したがることもあるというが、それとは違う気がした。

 「冒険者同士でいよう」と言った一連の言葉は、道楽で冒険者をやっている貴族が「平民(冒険者)から馴れ馴れしくされることを許容する」という意味ではなく「自分も一介の平民(冒険者)として扱ってほしい」という意思を感じた。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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