6.蹂躙①
幌を切り裂いて顔を見せた賊を、素早く飛び出したレッドがダガーで斬りつけた。
仰け反る男の体を蹴った勢いで、馬車の天井に跳び上がったレッド。幌を支える細い骨組みの上を器用に走って渡り、二人目の賊を死角から襲う。
まるで体重がないかのような身軽な動き。
猫族なので当然だけれど、何度目の当たりにしても、美しい軽業のようだった。
レッドが出て行った後、破れた幌を素早くかき合わせ、馬車全体に結界を張った。何の準備も道具もないから、薄い結界しか張れない。
張ったところで、低レベルなわたしの魔法結界では、たいして物理攻撃を防げないだろうけれど。
(薄紙のような結界でも、ないよりはマシ……っ)
魔力の許す限り、何重にも重ねた。
強度がないなら厚みで勝負するしかない。
(レッドが戦っている場所で毒霧を展開させるわけにもいかないし……)
他の乗客にも被害が出てしまう。
被害どころか、大毒蜘蛛を殺すような猛毒に触れれば、普通の人間は死んでしまう。
大毒蜘蛛スタンピードのときと同じ戦法は取れない。
とりあえず、わたしは右目の“恩寵”を解放した。
わたしの右目は、子供のころに大病を患ってから変質した。
それが原因で化け物として迫害されたりもしたけれど、右目の恩寵のおかげで生き残ることもできた。
この目は、とてもよく見えるのだ。
馬車の幌を透かして、外側の様子を感知することもできる。
片目のせいか、遠近感に欠ける視界だけれど、レッドたちが立ち回る様子も見て取れた。
遠見用の水晶が目の中に埋め込まれているようなものだ。
レッドがさらに三人倒して、襲撃者たちの間に動揺が走った。
後衛職とはいえ、護衛の冒険者が三人がかりで倒せなかった相手を、一人で四人も屠ったのだ。
とはいえ、ここまでが限界だろう。レッドのあれは、相手の隙を突いたからこそできた芸当だ。
盗賊側も、自分たちが戦うのは護衛の剣士や、パーティーを組んだ雇われ冒険者だろうと高を括括っていたがために、獣人が飛び出して来たことで虚を衝かれた。
素速さに定評のある猫族の獣人だ。場が撹乱されているうちは、姿を捉えることさえ難しいだろう。
それが獣人と人間の、圧倒的な身体能力の差なのだ。
賊もたいそう驚いただろう。
(獣人が幌内の客席にいるなんて、まずないものね……)
ケモノは外、というのが暗黙の了解だ。
獣人が馬車で移動すること自体が珍しいけれど、契約奴隷をメンバーに入れている冒険者パーティーでも、馬車移動の際は獣人を御者席か荷台に置いている。
レッドたちが視界から外れてしまったので、わたしは“恩寵”の種類を変えることにした。
外の木の枝に鳥がいたので、ちょっと同調させてもらった。
本来は、テイマーが使う技だ。
契約した動物や魔物に同調して、視界をはじめとする五感を一時的に貸してもらうのだ。
欠点は、同調している間は術者の身体が無防備になってしまうため、信頼する仲間がそばにいるときにしか使えないということだ。
が、わたしは片目を借りるだけ。
全神経を同調させる必要もないので、意識を保ったままでいられる。
(見えるだけで、声は聞こえないけれど……)
なぜか野山の生き物は、わたしがお願いすると快く頼みを聞いてくれる。
従魔にする必要はないから、テイマーでなくても似たような技が使える。
恩寵の視界でカバーできる範囲なら、思念波を送って動植物とコンタクトすることもできる。
テイマーのように、間近で対象と向き合って精神をすり減らす必要もない。
(ただし“右目”で見える範囲だけだけどね……)
だから、左側にあるものに対しては能力を発揮しづらい。
あと、王都の城壁内の動物には効きが悪い。
三回に一回くらいは無視される。
“視る”ことには魔力を消費しないから、特殊スキルの一種かなとも思うのだけれど、なんとも中途半端な能力だった。
でも、レッドという相棒ができてからは、この半端な能力でも十分に役に立った。
採取の依頼で山野に行くと、すぐにレッドとはぐれてしまうのだ。先行して薬草やキノコを探してきてくれるのだけれど、追いかけるのも合流するのも大変で、楽をするためにリスや小鳥の目を借りていた。
今回も外にいた鳥さんにお願いして、視界を共有させてもらった。
(お願い……少しだけ、鳥さんの見ている景色をわたしにも見させて……)
一呼吸置いて、視界が二重写しになる。
(やった、当たりだ……!)
協力してくれた鳥は猛禽類だった。
木の実や果物をつついている鳥より、地上の小動物を狩って食べる鳥の方が視力がいい。
地上で戦っているレッドたちの表情までもがはっきりと見えた。
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