57.白/クロス視点
「少し時間をくれ、リオン」
「確証は?」
できるなら、黒――有罪であって欲しくはない。それが声音に現れていた。
「確信はある」
「それなら」
黒だという確信があるなら、なぜ時間を必要とする? というリオンの問いに、オレは思わせぶりに答えてやった。
「あれは野放しにはできない。何とかしないと」
「何とかって……何をするつもりだ?」
「せめて属性魔法が使えるように……というよりも、属性がないということ自体がおかしい。それが本当なら学説が根底から覆る。手放す前に、そこだけは確認したい。その上で、できるなら属性魔法の基礎だけでも教えて、人並みに使えるようにしてやりたい。――あれは、著しい成長が見込める逸材だ」
リオンが「これだから学者先生は」という呆れた顔をしている。
「教えてどうするつもりだ。だって……」
有罪なのだろう? と、言いたいが実際に口に出したくはないのだろう。アリアが友人の妹だという話はオレも聞いている。
もう一声、畳み掛けておいた。
「有罪でも無罪でも、あの魔力量とあの才能は惜しい。学院にもあれほどのセンスの持ち主はいない。有罪ならば、終身刑として生涯、学院に幽閉できるだろ? その時は口添えを頼む」
幽閉――すなわち一生、学院で魔法研究に従事させるということだ。研究塔に閉じ込め、還俗を許さない。もしくは、研究用の魔力を供給する存在としてのみ、生きることを許される。そういう措置だ。
刑罰の一種としては、非常に珍しい部類に入るが、権力者からの口添えがあれば別だ。
「反逆者に魔法を教えるつもりか?」
「あれは見ただけで魔法陣を複製できる。改変もできる。手ずから教えても、教えなくても同じだ。野放しにしておけば、いずれどこかで良くない魔法を覚えて、違法な複製や改変をやらかすぞ。そうなる前に、正しく導いてやらないと……」
「反逆罪だ。温情や減刑は難しいぞ」
「なんなら、オレが保証人になってもいい」
「それは……ちょっと待てクロス、早まるな」
「そうだな。まずは属性魔法の件から確認しないと」
「そうじゃない! アリアちゃんの容疑の件だよ! まだ有罪と決まったわけじゃないだろ!?」
「誰が有罪と言った?」
「クロスが『あれは駄目だ』と言ったんじゃないか!」
「ああ、駄目だな。野放しにしておいたらすぐ死ぬ。それか、魔力を暴走させて辺り一帯に甚大な被害をもたらすか、邪教徒どもに捕まって利用されるか、どの道ろくなことにはならないだろうよ」
「……っ」
「むしろ、よく今まで生き延びたものだ」
そう言ってオレは、未だに昏睡が続いている猫族の少年を見た。
魔素中毒ということもあるが、それ以外にも疲労が相当たまっているようだ。
(アリアを守るのは骨が折れただろうな……)
あの娘は自分の魔力量が多いことは理解しているが、魔力量が多いこと自体が、どれほど希少かということまではわかっていない。
(まあ、冒険者をやっている魔法使いでも、普通は知らないことだから無理もないが……)
冒険者の間では、魔力量よりも、どれだけ威力のある魔法を使えるか、それをどれだけ連発できるか、火力本位の考え方が主流だ。
表面的な事象だけを見て、魔力の量と質という本質的なことには考えが及ばない。
息をするように古代魔法語を読み書きできることが、魔法学を修める者の中ではどれほどの羨望に値するか、誰も、全く、理解していない!
由々しき事態だ!
「幽閉だなんて……アリアちゃんは実験動物じゃないんだぞ。そんなこと、アルトが許すはずないだろう」
「許すも許さないも、有罪になったらそれで終わりだ。極刑に処されないだけ、マシだと思うんじゃないか?」
「だから、まだ有罪と決まったわけじゃないんだから、断罪について語るのは早すぎるだろ! お前はなんだってそう、持って回った言い方をするんだよ、紛らわしい」
「面白いから」
特にリオンが、という一言は黙っておいた。
実際、オレの言葉で右往左往する人々や、リオンを見るのは面白い。
「悪いな。お前みたいに、人に好かれるような振る舞いはできない」
面白いからとは言ったものの、喋りが上手くないのも本当だ。
邪教徒どもの巣窟から救出された後は、何年もまともに喋れなかった。精神的なあれこれで声を失い、人と会話するスキルが著しく後退した。
これは腐れ縁の相棒だから会話が成立しているのであって、他の多くの人間はだいたい怒るか離れてゆく。
学院で教鞭を取る立場になっても、それは同じだ。
養父の立場があるから、言うことを聞いて客員教授なんかをやっているが、オレに罵られながら勉強する側こそが不幸だろうとは常々思うところである。
(アリアはどうだろうか?)
ふと、思った。
例えば弟子に取ったとして、果たして打ち解けてくれるだろうか――?
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