54.白黒①/リオン視点
「アリアちゃんは、猫くんが十分に食べているか、日頃から気を配っていたんだね」
奴隷にも最低限の生活を保障される権利があるが、最低限が必要十分とは限らない。
蓄えを作る余裕もなく、たいがいは食うや食わずの生活だ。
貧民窟の住人と似たり寄ったりだが、自由がある分、貧民のほうがマシだと言う者もいれば、自由はなくても明日の心配をしなくて済むなら、奴隷身分のままで構わないという者もいる。
また、主人によって“最低限”のレベルは違うため、満足に食べられなくて、常に腹を空かせている者も多い。
これが本物の獣――馬や牛などの家畜のように、口をきくことができない動物――なら、病気になっていないか、栄養状態に問題はないか、当然のように気を配るものだが、労役のために契約した奴隷にそこまで意識を割く主人は少ない。
なまじ本物の獣と違って、人としての分別があり、口がきける分、放置されがちなのである。
「そりゃ、大事にもするだろうさ。猫族は家に仕えている従者ではなく、アリア個人の所有だそうだ」
「それは……珍しいことだね」
「というか、おかしいだろう」
近隣の村人からすれば、若い女が一人、他所の地方へ奉公に行くところだと聞いても、不思議に思うことはない。農閑期の出稼ぎはよくあることだ。
しかし、辺境に奉公人を必要とするような屋敷が一軒しかないという事情を知っている俺たちからすれば、王都方面から辺境の屋敷へ奉公に行くという事実だけで、彼女がただの平民でないことが察せられる。
(もっとも、俺らは元から知ってたんだけど……)
依頼を受けた際に、彼女が伯爵家の令嬢だとは聞いていた。
だが不思議なことに、ヴェルメイリオ家の周辺をいくら調べても、彼女の影も形もなかった。
社交界で名前が知られているのは、シャーリーンという名の妹だけ。
誰も、アリア嬢の姿を見たこともなければ、顔も知らない。
伝手を頼って調べてもらって、ようやくローランド寄宿学校にいることが判明したが、人を送り込んで調べさせる前に、退校して行方がわからなくなっていた。
あまりのタイミングの良さに、かえって疑念が湧いた。
そもそも、勅令の妨害のための違法な亜人種狩りの煽動など、十代の娘にできることではない。
必ず背後に彼女を操る者か、身分や肩書きを利用している者がいると見て調査を進めたところ、ある貿易商会の名が上がった。
サザン貿易。
これも初めて聞く名前だった。
新興で、無名。
表向きは、香水を中心とした他国の化粧品や宝飾品など、主に女性向けの商品を輸入しているようだが、裏では亜人種狩りによって仕入れた違法奴隷を売買している。
この貿易商会の名義が、アリア・ヴェルメイリオ――隣の部屋で眠っている少女だった。
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