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51.遮音結界と屋敷妖精

 すぐに廊下で追い付かれて、腕を掴まれた。

「放してよ!」

「どこへ行くつもりだ」

「どこにも行かないわよ! レッドを残して!!」

 本当のことを言うと、飛び出した一瞬はレッドのことを忘れていた。

 遠くへ行くつもりなんかなかった。

 しばらく、誰もいない場所に行きたかっただけだ。


 結局、お金がなければ何もできない。

 わたしのことを誰も知らない土地に行って人生をやり直すことも、お継母(かあ)様から殺されないように逃げることも、できないのだ

 どこへも行けないことを思い知らされて――それも、この男からというのが無性に腹が立つ――頭に血が上っていた。


 荒野の谷とやらを渡るのにAランク冒険者が必要だというのなら、仕方がない。どうにかしてお金を作るしかない。

 家に帰れと言われるのも、仕方がない。事情を知らない人間から見たら、とても危なっかしい旅路に見えるのだろう。

(でも危険なのは、王都にいても同じ)

 王都にいても、刺客は来る。

 世間知らずの小娘と侮られることは、事実なので仕方がない。我慢も納得もする。


 でも、それとは別に頭に来たのは、レッドが弱くて使いものにならないような言い方をされたことだ。

(レッドがどれだけ頑張ったかも知らないくせに――!)

 言外に「もっと腕の立つ従者と交換してもらえ」とも聞こえたのだ。

(レッドは、替えが効く“モノ”じゃないのに!)


「放してよ!」

 腕を振り解こうとして、勢い余って壁にぶつけた。

「痛っ」

「まったく……」

 呆れられた。

「どこにも行かないなら、部屋から出なくてもいいだろう。どのみち、この時間じゃあ、開いている店もない。行けるところはないぞ」

 そのまま手を引かれて連れ戻される。

「……謝ってよ」

「ぶつかったのは自分のせいだろ」

「違う! あなたにレッドを侮辱する権利なんかない!」

「そっちかよ」


 近くの部屋のドアが開いて「うるせーぞ! 痴話喧嘩なら他所でやれ!」と顔を覗かせた男が怒鳴った。

 クロスさんが軽く手を振ると、そこに魔法陣が現れて、防音結界らしきものが張られた。


(防音? ――いいえ、あれは遮音結界だわ)


 防音結界を使える人間も相当珍しい――見たことがなかったけれど、それより上級の遮音結界を使いこなせる人間を見たのは初めてだった。


 なんだか急に、頭が冷えた。


「怒ってたのは、帰る場所がないのに“帰れ”と――家の事情に触れるようなことを――オレが余計なことを言ったからじゃないのか」

「そんなのどうでもいい。事情を説明してないのは、わたしだもの。それより、レッドを交換が効くモノのように言わないでよ」

「世間一般では、奴隷は交換が効く“物”として扱われる」

「……っ」

 そう……だけど……っ!

 確かにそうだけど……っ!

「だが、お前が違う考え方をするということは、覚えておこう」


 部屋に連れ戻されて――レッドが寝ているのとは別の部屋だ――ぶつけた手を治療された。

 ついでにレッドの爪が食い込んだ痕も。

必要(いら)ないのに)

 ちょっとぶつけたくらいなら、治癒魔法なんか必要ない。

 猫に引っ掻かれた程度の傷は、放っておいてもすぐに治る。

 むしろ、すぐ治ることを隠すためにこそ、治癒魔法が必要なのだ。


 シャーリーンに刺された後、わたしは長い時間、治療もされず放置されていた。

 虫の息だったわたしの側で、義母は死体を処分する算段を立てていた。

 なのに、翌朝には何事もなかったように回復していたのだ。


 寄宿学校で殴られたときには、頬の腫れが一昼夜で引かないように苦労した。

 翌朝には跡形なく治っていたとしても、回復薬(ポーション)や治癒魔法を使ったとすれば、異常に思われるようなことはない。


 問題は、わたしが「ポーションを買えるほどお金を持っているはずがない」とすでに周りから思われていた上に、生活魔法以外の魔法も使えるということを、隠していたことだ。


 治ったら、治癒魔法を疑われる。

 生活魔法以上の魔法を使いこなせるとわかったら、育成コースに入れられるかもしれない。


 寄宿学校(ローランド)には魔法課程はないけれど、素質のありそうな生徒には、外部から臨時講師を招いて特別にカリキュラムが組まれる。

 そんなことになったら、冒険者として依頼を受ける時間がなくなる。仕送りはないのだ。冒険者としての収入がなければ、すぐにランチ代にも事欠くようになる。

 それに、属性魔法が使えないことも、魔力量が異常なことも、いずれバレる。

 恥をかくことがわかっているのに、わざわざ魔法学のカリキュラムを受けたいとは思わない。


 シャーリーンに刺されたときは、まだ治癒魔法は使えなかったから、わたしが無意識に魔法を使ったわけではない。

 仮に使えたとしても、初級の治癒魔法では致命傷は全快させられない。

 使用人の誰かが回復薬(ポーション)を差し入れたわけでもない。致命傷が回復するような上級ポーションは、使用人の稼ぎで容易く買える物ではない。


 このときの回復事件をきっかけに、毒を盛っても、ナイフで刺しても死なない(わたし)は、なお一層、化け物として存在を秘匿(かく)されるようになった。

 伯爵家から、わたしのような不気味な存在が生まれたなどと、世間に知られるわけには行かないのだ。


 属性がないとか、容姿が亜人種(ハーフエルフ)のようだとか、その程度は些細なことだったのだ。

 亡くなったフィレーナお母様を悪く言うことを気にしなければ、わたしが不義の子だったことにすればいい。


(でも不思議なことに、お父様はそれだけはしなかったのよね……)


 フィレーナお母様のことは絶対に悪く言わなかったし、わたしを寄宿学校(ローランド)に入れた理由も、特に公言しなかった。

 わたしの魔力や容姿を理由にすれば、亡くなったお母様が悪く言われる――ひいては、自分が妻に浮気されたという醜聞が事実になってしまうからだと思うけれど。


 いつの間にか、ヴェルメイリオ家の長女はシャーリーン一人だったことになり、わたしは娘でも何でもない、ただあの家に棲み着いているだけの、屋敷妖精か何かのようになっていた。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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