5.出会い③猫の名前
奴隷商会で契約魔法の書き換えをして、わたしは初めて少年の名前を知った。
少年の名前はレッド。
赤毛の猫族。十三歳前後らしい。
両親と兄弟も奴隷で、物心がつかないうちに生き別れになってそれっきりで、生きているか死んでいるかもわからないという。
「そう」
わたしは気のない返事をした。
親がいない、なんて貧民街ではよくあることだ。亜人種奴隷なら、尚のこと。特に同情するようなことでもない。
場所を奴隷商会からアトリエに移してから、わたしは少年――レッドに仕事内容の詳細を説明した。
「あなたはシーフなのよね? ダンジョンから宝を探し出すのが本来の仕事」
「ああ。でも、ダンジョン探索はオレだけじゃ無理だ。火力の高い前衛がいないと……」
「あなたが契約していたパーティーの経歴だけれど」
レッドは気まずそうに顔をしかめた。
「オレを使ってたパーティーは、ケチな泥棒ばっかだよ。オレは専門職のダンジョン・シーフじゃなくて、ただのコソ泥。時には強盗もやったし、人も殺した」
たぶん、レッドは「失望したか?」と聞きたかったのかもしれない。
「それが命令だったからでしょう。別にあなたに殺しの経験があるかどうかなんて、どうでもいいわ」
むしろ、好都合だ。
襲ってきた相手を返り討ちにする度、いちいち狼狽えて吐かれるようではこちらが困る。
「必要なのは、警備のできる人材。盗み出すのが得意なら、盗まれないように守ることもできるわね?」
「あ、ああ……うん」
「あなたにはこの部屋を守ってほしいの。知っての通り、この辺りは治安が悪いわ。鍵なんてかけても意味がない。貴重品も危険物もたくさん置いてあるから、コソ泥が入らないよう罠を張って、厳重に警備してほしいの」
魔法で結界を張っているけれど、魔法結界は魔法が得意な別の魔法使いが来たら破られてしまう。
わたしは、そこまで複雑な結界は張れないのだ。
「もっと治安のいい場所に引っ越せばいいんじゃねえの?」
「そうしたいところだけれど、あまり表通りに近い所は人に見つかる危険性があるから……」
寄宿学校の学友や、生家に出入りしている使用人たち……。わたしが寄宿学校の中で飼い殺されていないことを知ったら、何を仕掛けてくるかわからない人間がたくさんいる。
そもそも、先立つものがない。
治安のいい場所は家賃が高い。風俗街にも近いような場末の賃貸物件だから、保証人のいない身分でも借りられたのだ。
はっきりとは言われなかったけれど、ひょっとしたら事故物件かもしれない。
「罠を作るのに必要な材料は、言ってくれればある程度は用意するわ。寝泊まりする場所がないのなら、ここに住んでくれても構わない。お給金は、奴隷商会から支払われる分だけではとても足りないでしょうから、食事代とは別にいくらか支給するわ」
少年が、大きな目を見開いて絶句していた。
亜人種奴隷、それも希少種でもなんでもない猫族の、さらに前科のある盗賊への待遇としては、破格だろう。
わかっているけれど、わたしは奴隷制度そのものが嫌いだ。
だからわたしは彼のことは従者――お屋敷の執事や下男のように、普通の人間として扱うことにした。
格安の賃金で雇われる最下級の下男程度の待遇だけれど、寝起きする場所も、残飯ではない食事も、必要経費も、少額だが給金も出す。
(人を雇うって、そういうことだと思うの)
少なくともわたしは、お父様のようなやり方はしない。見習いたいとは思わない。
少しだけ、十年以上まともに会話していない父親の顔を思い浮かべた。わたしを寄宿学校に放り込むための書類に、躊躇いなくサインした人間だ。
「わかった。ここを守ればいいんだな」
レッドが、決意を固めたように返事をしたので、わたしは忘れてはいけない条件を追加しておいた。
「あと、わたし、命を狙われているから」
「はあっ!?」
「襲撃者は返り討ちにしていいわ。死体の処理は、スライムの溶解液があるから心配いらない」
「殺せってか?」
「殺さないで撃退できるのならそれでもいいけど、後腐れのないように始末するのが一番だと思うのよね」
「……」
少なくとも今まで、わたしはそうしてきた。
手加減していたらこちらがやられる。手加減できるほどの技量なんてない。
小娘だと思って相手が油断しているうちに、全力で仕留めるしかなかったのだ。
殺したくて殺したわけじゃない。
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