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49.釣具とドレス

 朝になっても、レッドの熱は下がらなかった。

「お前は、いい加減に休め」

 とうとう、クロスさんに怒られて部屋から追い出されることになった。

 また、腕を取られて寝台の側から引き離される。

「病人が二人に増えても困るんだよ」

「隣の部屋に昨夜の残りの食事が置いてあるから、少し食べて眠るといいよ。彼は俺たちで見ているから」

「こいつは大丈夫だ。時々でも意識が戻るようなら、回復の見込みがある。弱って死ぬ奴は、譫言(うわごと)も言わない」

「今のうちに汗を拭いて着替えさせておくから、彼の着替えがあったら置いていってくれるかな」

 リオンさんに言われて、はっとした。

(そうか……浄化魔法が使えないから……)

 魔素中毒だから、これ以上は魔法をかけられないのだ。


 レッドの荷物を開けてみたが、自分で荷造りしたわけではないので、どこに何が入っているのかわからない。

 片っ端から入っている物を引っ張り出して並べてみたが、ただでも少ないレッドの持ち物は、アトリエで暮らしていたときよりも、さらに減っているようだった。


 集めた薬草や魔法薬の基材、備蓄してある魔法薬や解毒薬、調合に使う器具や手順書(レシピ)――アトリエの備品がほとんどで、レッドの私物なんか、装備品を含めても一割もない。

 魔法鞄(マジックバッグ)に入れる必要もないほどだった。


(ほんとに馬鹿なんだから……)


 わたしの旅行鞄(バッグ)の中には、わたしの服と貴重品、手順書(レシピ)以外の魔法書、生活必需品など――本当にわたしの物しか入っていなかった。


 それでも、アトリエの器具や薬品、服や生活必需品などをきちんと分けて収納している辺り、さすがレッドだなあと思う。

 盗賊(シーフ)(さが)なのか、後衛職の(さが)なのか、整理整頓が行き届いている。

 レッドは一見ガサツにも見えるけれど、こうした細かいところに気を(つか)える優秀な従者だ。


 わたしは荷物を解いていて、あることに気づいて唖然(あぜん)とした。


(……レッドの釣り竿がない。作り溜めてた疑似餌のコレクションも……)


 趣味と実益を兼ねて、レッドはよく釣りに行っていた。わたしがアトリエにいない間、(ひま)()かせて町外れの小川で魚を釣っては、せっせと干物を作っていた。


(魚……好きだったんだろうな)


 作った干物は、干物なのに備蓄されるよりも食べられる量のほうが多かった。

 疑似餌の種類によって、釣れる魚が違うのだと、木片を削って自分で疑似餌を作っていた。

「おとぎ話じゃないんだから、尻尾じゃ魚は釣れねーんだよ」

 そんなふうにも言っていた。

 聞けば、獣人族に伝わる民話に、尻尾で川魚を釣る話があるらしい。


 荷物の中に、レッドが大切にしていた釣り道具はなかったけれど、わたしのドレスは入っていた。

 ローランド寄宿学校の主催で行われた、礼儀作法の試験を兼ねたデビュタント・パーティーのときのドレスである。


 貴族だろうと平民だろうと、一般的には実家の両親が用意してくれる類の礼装だ。

 ローランドでは、複雑な事情を抱えた生徒が多いため、礼装の貸し出しも行なっていたが、借りるにしても無料(ただ)ではない。

 それならば、とわたしは市井に出回っている格安の中古ドレスを買って仕立て直した。


 貴族社会の中では、ドレスや礼装は自邸に仕立て屋を呼びつけて(あつら)えるのが常識だけれど、城下に行けば古着を扱う店がある。

 おそらく、ローランドの中でも平民出身の生徒しか知らないだろう。

 貴族出身の子女にとっては、一生に一度しかないデビュタント・パーティーで流行遅れの、しかも中古のドレスを着るなんて、仮病を使って欠席したくなるほどの恥辱である。

 試験を兼ねているため、欠席すれば著しく成績が下がるし、結局は追試になるけれど、それでも、だ。


 わたしは気にしなかったので、古着屋で流行遅れになったドレスを探した。

 見つけたのは、上品な薄紫色の細身のドレス。

 昔、フィレーナお母様が持っていたものに似ているような気がしたから、流行遅れだとしても気にはならなかった。


 元は高級なガラスビーズと、宝石をふんだんに(あしら)った上等なドレスだったみたいだけれど、装飾のガラスビーズがほとんど取れてしまっていて、鱗が剥げた魚のようになっていた。

 そのまま着たら、残念な人魚になるのは請け合いだった。

 宝石にいたっては、一つ残らず無くなっていた。


 宝石もビーズも、同じ物を取り寄せることができれば、修繕して高く売ることができる。

 しかし、同じ品質のガラスビーズがもう手に入らないということで、修繕したくてもできないまま、長年放置されていたらしい。

 宝石にいたっては、小さいものでも数が揃えば、古着屋では仕入れるのも困難だろうから仕方がない。


 わたしは承知の上でそのドレスを購入し、取れてしまっていたガラスビーズの代わりを、全て魔石で補った。


 魔石生成は、魔力量が多ければ誰でもできる。その魔石に、錬金術の手法でいくつかの魔石をさらに足して、虹色に光る魔石ビーズのようなものを作り出した。

 魔石ビーズなんてものは存在しないから、完全に魔石紛いの偽物だ。


 ――前に魔法使いギルドで、とても珍しい魔石の結晶を見たことがあった。

 虹色に発光する柱状の魔石の(クラスター)だ。

 カウンターの後ろの、高級品が並んでいるショーケースの中に、物凄い値段がついて飾られてあった。


 それと似たような光り方をする魔石を作れないかと思って、試した結果が虹色の魔石ビーズだ。

 宝石が付いていた部位は、ビーズより一回り大きめの虹色魔石で代用した。

 小さな魔石を一個づつドレスに縫い付けていくのは、とても根気のいる作業だったけれど、仕上がりは満足のゆくものだった。

 最終的にはレッドと、近所のお姉さんたちにもお針子の内職だと偽って手伝ってもらった。

 死にかけていた人魚が、生き返った瞬間だった。


 ――けれど、パーティーが始まって一時間もしないうちに、因縁をつけられて飲み物をかけられ、ドレスは駄目になった。


 浄化魔法でシミ抜きをすれば何とかなったかもしれないけれど、そうしたところで次は別の方法で嫌がらせをされるに決まっていた。何をしたって、実家の後ろ盾がある者は処罰されない。

 その日はもう、何もかもが嫌になって、試験を放り出して会場を後にした。

 ドレスはそれきり、アトリエのチェストに仕舞い込んだままだった。


(まさかレッドが、このドレスを荷物に入れていたとは思わなかった……)


 自分が大切にしていた釣り道具一式を諦めて、自分の私物を減らしてでも、どこまでも主人(わたし)を優先しようとする。

 私は再び、馬鹿で愛しい従者の献身を噛み締めた。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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