46.食事会改め生活魔法講義②
まさか、そう問われるとは思っていなかった。
でも、考えてみれば当たり前か。
今から生活魔法を改良してワインを冷やそうというのだから、構文が理解できなければ、指示された魔法式を足すべき場所がわからない。
わたしはこれ幸いと、問題となっている生活魔法の魔法陣を展開した。
生活魔法の魔法陣は、庶民向けには付与魔法の一瞬として魔法具に定着させた上で利用されている。
魔法が苦手な人でも使えるように、物理スイッチがついているのだ。
たとえば着火の生活魔法なら、火打石的な形の魔道具――中には補助魔力源として小さな魔石が入っている――に、見えないように刻み込まれていて、わずかな魔力と動作で起動するようになっている。
魔法補助なしの原始的な方法だと、素人が何回やっても火花を出すことさえできないそうだが、生活魔法が込められている火打石を使えば、誰でも一回で火を起こせると評判だ。
そう――素人が弄らないよう、見えないように隠されているのだ。
魔法陣は大概、魔道具の内側に見えないように刻まれていたり、別の魔力を通して展開しないと内容がわからないような仕組みになっている。
けれど魔法使いとして魔法をかじったことのある者なら、生活魔法を魔道具を介さなくても使うことができるし、魔法陣を開いて内容を見ることもできる。
(魔法陣――それも生活魔法ごときの魔法陣を開けて見る人なんて、滅多にいないでしょうけれど……)
例外は、わたしのように切羽詰まっている者や、誰とは言わないけれど魔学バカの人だけだろう。
「ここの構文なんだけれど、意味がわからなくて……」
どの生活魔法にも、同じように意味の通らない構文や魔法式が含まれていて、いつもその一文が理解を阻んでいた。
「ああ、これか」
わたしが指した一文を見て、クロスさんは事もなげに言ってのけた。
「この一文にも、この構文にも、意味はないぞ」
え――っ!?
「これは生活魔法の開発の際、勝手に改変されることを危惧して入れられた、偽構文だ」
「……」
あまりの事実に、わたしは黙り込むしかなかった。長年悩んでいた疑問が、一瞬にして氷解してしまった。
「どうした? 変なやつだな。古代魔法語を一瞬で読み解くのに、こんな簡単なことも知らないのか?」
「……」
何も言い返せない。
過去のボヤ騒ぎは、これが偽構文だということを考慮に入れて計算しなかったから、出力異常が起きたのだろう。
「いくら古代語と古代魔法語が読めても、正しく師について学ばないから、こんな簡単な疑問にいつまでも悩まされるんだ」
学びたくても、学ぶ時間も機会も費用もなかった。
自由になる時間では、とにかく稼がないと食費も学費も足りなかった。
仮に時間とお金があったとしても、未成年の初心者が出入りできるようなギルドでは、教えを乞うに相応しい人材がいない。講師役は、大抵が現役を退いた冒険者だ。魔法は使えても、理論まで深く理解していない。
さらには、時間とお金があって、相応しい講師役が存在したとしても、属性魔法が使えないとわかった瞬間、門前払いを食らうだろう。
わたしが悔しいのはここだけだ。
貴族の娘として大切にされていたならば、属性魔法が使えなくても、道楽として魔法を学ぶことを許されただろう。
政略結婚でどこかに嫁がされるまでの短い間だとしても、知識を得ることだけはできたはずだ。
(だって、貴族相手なら“属性がない者が学んでも無駄だ”という理由で家庭教師を断ることはできない)
たとえ内心“金持ちの道楽”と軽蔑されていたとしても、門前払いにされて学ぶ機会までも奪われることはない。
「アリア、お前は魔法は独学だと言っていたが、師について学ぶことに興味はないのか?」
わたしが言える言葉は、多くはなかった。
「興味のあるなしなんて、無意味だわ。魔法は、必要だから学んだだけ。極めたいとは思ってない」
言葉尻が少しキツくなってしまった。
自由になるお金がないから学べなかった、なんてそんな恥ずかしいことは言えなかった。
――特に、この人の前では。
「そんなはずないだろ。必要だからなんて消極的な理由で、古代語を習得できるはずがない。治癒魔法だって――」
「クロス、もうやめとけよ」
リオンさんが止めてくれた。
「誰もがお前みたいな魔学バカじゃないっての。ちょっと魔法が得意な人間見たらすぐ突っかかる癖、いい加減直せよな。全属性が使えるやつなんか、お前か古代エルフくらいだぞ」
それからリオンさんのクロスさんへの容赦ない追撃が始まった。
冒険者として旅をしている最中も、魔法関係のことになると歯止めが効かないらしくて色々と振り回されているらしい。
「そう言いながら人を便利屋扱いしやがって。ウルフの死体を埋めたのも、沼蜥蜴を焼いたのも誰だと思ってやがる。普通はあれだけの土魔法を使うには属性魔法の魔石がどれだけいると――」
「リザードを焼いたのはアリアちゃんの魔力だよな」
「……」
クロスさんが一瞬黙った。
(あ、そこは否定しないんだ……)
とどめは最後の一言だった。
「そんなんだから、友達も彼女もできないんだろうが」
「うるさい。女の件は半分以上お前のせいだろう」
「だいたいなんで俺がいない間にアリアちゃんのこと呼び捨てにしてるんだよ」
(わああ、やめてください〜)
本気で言い合っているわけではないことはわかる。
クロスさんは、本気で怒ったら相手を黙殺するか、徹底的に言い負かすタイプだ。冒険者ギルド周辺では、あまり出会うことのない雰囲気の人だ。
(クロスさんは自分のことを身分は高くないと言っていたけれど、十分に貴族的なやり取りができると思うわ)
いざとなったら、いくらでも腹黒くなれるだろう。
一方、リオンさんのほうは普通の冒険者に見える。すぐに思ったことが口から出るタイプだ。
腹芸ができない人間は、貴族社会では苦労する。
(二人とも、悪い人ではなさそうなのだけれど……)
この言い合いは、そろそろ止めた方がいいかもしれない。
わたしの名前が出た時点で、こちらに飛び火しそうな気配がした。
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