44.食事会
しばらくしてリオンさんが帰ってきた。
「ただいま〜」
が、買い出しに行ってきたわりには身軽である。
のほほんとしたのんきな調子でいるため、何も手に入らなかったということはなさそうだけれど、装備の一部であるウエストバッグを除けば、ほぼ手ぶらだった。出ていったときの様子と何も変わらない。
「おかえりなさい」
「遅かったな」
「悪い。持ち帰り分を用意してもらうのに時間がかかってさ……」
ところでこの部屋には食事用のテーブルがない。
簡素と言えば聞こえはいいが、いわゆる素泊まり専用の安宿である。
狭い室内には寝台が二台、無理やり詰め込まれていて、それだけで部屋はいっぱいだった。
(二部屋取れただけでも幸運だし、厩や物置で寝なくて済むなら十分だけれど……)
宿には共用の井戸がある。宿泊客なら自由に使えるため、それも有り難かった。
野宿では水場を探すだけでも大変だ。
いつもならその辺りはレッドが手配してくれるのだけれど、頼みのレッドは今、熱を出して寝込んでいる。
レッドを屋根のある部屋で休ませることができるなら、自分の食事を抜くくらい、どうということはなかった。
一、二食抜いても死にはしない。
「田舎の安酒場だからね。酒のつまみみたいなものしかないから、アリアちゃんの口に合うかどうかわからないけど」
リオンさんは、小振りのウエストバッグから買ってきたものを次々と出して寝台の上に並べた。
全部、家庭用の保存容器に入っている。容器の種類がばらばらなところを見ると、本来はテイクアウトはやっていない店なのかもしれない。
――高性能な魔法鞄だ。
この人は剣士だから、なるべく身軽でいたいのだろう。
バッグの開口部より大きな物を収納できるとは、かなり高度な魔法がかかっている高価な品だ。
しかも、取り出された食べ物を見ると、まだ湯気が立っていて温かいことがわかる。
魔法鞄の性能にはピンからキリまであるけれど、収納した物の経過時間を操作できる時空魔法が合わせ掛けされているものは、貴族しか持たないような高級品だ。
(クロスさんも“リオンと違って”と言っていた)
リオンさんのほうが身分が上のような口振りだった。
そんなことよりも、わたしは目の前に保存容器を差し出されて面食らっていた。
「え?」
「これなんかどう? 店のおばちゃんオススメの玉子焼き。味見させてもらったけど、甘くて美味しかったよ。あっさりしたものがよければ、こっちの温野菜の和え物の盛り合わせとかどうかな。あとは果物があるよ。他は揚げ物のオンパレードだけど、どうする?」
保存容器三つ分には、何かの肉の串焼きがみっしり入っている。
「こっちはイモの揚げたやつな。手っ取り早く腹を満たすならこれに限る」
庶民の主食、イモである。
でも、揚げてあるのは珍しい。普通は茹でるか蒸すかするものだ。
「あの店、夜は酒と串焼きしかないみたいだ」
「昼間は違うのか?」
「昼は穀類と野菜がメインらしい」
基本的に、肉か野菜か卵くらいしか選択肢がなく、調理法は“揚げる”一択らしい。
「アリアちゃん、食べないの? 食欲ない? 大丈夫?」
わたしが容器を受け取ったまま固まっているので、リオンさんが心配したように聞いてくる。
「本当はスープとか汁物があればよかったんだけど、さすがに俺のマジックバッグでも汁物は無理でさ……」
「あ、いえ、お気づかいありがとうございます。でもわたし、あまり持ち合わせがなくて……」
今度はリオンさんがきょとんとした顔をしていた。
「何言ってるの? これくらいご馳走してあげるよ。明日は猫くんの分も用意するし」
「そこまでお世話になるわけには……」
宿代も払わなければならないのだ。
ここで揚げ物パーティーをしている場合ではない。
「アリア、ここで遠慮されたら俺たちが食べにくい。対価を気にするなら、これを手伝ってくれ」
クロスさんが、こちらもどこから取り出したかわからないカップと革袋を押し付けてきた。
「生活魔法を使って少し冷やして欲しい」
高価なマジックバッグには、時間経過をなくすために時空魔法を合わせ掛けすることはあっても、保冷魔法がかかっていることは少ない。保冷魔法がかかっている道具は、だいたいが業務用なのだ。
革袋の中身はワインだった。
「さっき水桶に使おうとしていた基本の生活魔法に、これから教える魔方式を足してみろ。雪解け水というほどには冷えないが、もう少し――冬場の雨くらいの低温にはなる」
それからまた、空中に魔方式を書いて見せる。
薄暗い室内に、魔力が光の軌跡を描いて文字を映し出した。
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