41.説教①
わたしが黙っているので、言いすぎたとでも思ったのか、心ばかりの斟酌が付け加えられた。
「せめて中級までにしておけ」
「……」
「猫族にはもう戦わせるな。お前が気軽に治癒魔法を使うから、それに甘えて無茶な特攻をかますようになるんだ。従者だというなら、ちゃんと躾けろ」
「……」
わたしだって、何十回も治癒魔法が必要になるほど過酷な戦いをさせたかったわけではない。盗賊のレッドは、直接戦闘をするようなジョブではないのだから。
だけど、それは言い訳にしかならないだろう。
わたしは、自分が助かりたいがために、レッドを死地に送り込んだ。
周りの乗客のことなんて、何も考えてはいなかった。
“レッドが勝ったら、乗客全員が助かる”
そんなふうには少しも考えなかった。
頭を支配していたのは「イーリースお継母様は、ここまでしてわたしを殺したかったのか」という、ぼんやりとした思いだけだった。
レッドが戦うって言ってくれたから。
他に方法がないとわかっていたから、そうした。
(他に選択肢があったのなら、レッドを戦わせたりはしなかった……!)
今まで一度も、レッドの口から甘ったれた台詞を聞いたことはない。
いつでも、初級の治癒魔法で治るような傷なら、治療はいらないって拒否されてきた。
(遠慮、だったんだろうな……)
その気持ちなら、わたしも知っている。
一度、生温い環境に慣れてしまったら、もとの場所に戻ったときが辛くなる。
軽傷でもすぐに治してもらう癖がついたら、この先、痛みに耐えられなくなる。
ずっと、実家では厄介者として扱われて、使用人にも邪険にされて、話し相手なんかいなくて。寄宿学校に行ってもそれは同じで、平民同然の扱いをされ、けれどその平民ですら友達にはなってくれなくて――。誰かと楽しく話しながら、一緒に食事をしたことなんてなかった。
でも、レッドが来て変わった。
アトリエに行けば、レッドが待っていてくれた。
今ここでレッドが死んでしまったら、わたしはまた独りぼっちになってしまう。
――独りは、もう嫌だ。
実家でシャーリーンの遊び相手にされるのも、毒入りの残り物を食事と称して与えられることも、使用人にまで格下の下働きとして扱われ、屋敷中の炊事洗濯を押し付けられることも、もう御免だった。
温かい寝台で、柔らかくて清潔な寝具に包まれて眠るような生活に慣れてしまったら、終わりだ。
二度と、納屋で麻袋と一緒には眠れなくなる。
それはレッドが治癒魔法を拒否してきた理由を同じだろう。
わたしはぎゅっと唇を噛みしめた。
胸の中に溢れた反論は、ぐっと飲み込む。
泣き言も言い訳も、言ったところで仕方がない。
(この人は今日出合ったばかりの他人で、事情を知っているわけではないのだから)
でも、この人の言うことは、全部が間違っているわけでもない。理不尽な言いがかりをつけられているわけでもない。
なぜ、説教されているのかはよくわからないけれど、魔力のことは隠せと忠告してくれているのだから、悪気があってのことではないのだろう。
むしろ、なぜ忠告してくれるのかが謎だ。
(放っておけばいいのに……)
ただの行きずりの他人だ。偶然、魔獣討伐の場面に出会しただけだ。あの場で「ありがとう」「さようなら」と別れてよかったのではないか――?
あのリオンという剣士もそうだ。
なぜ、村まで送るなんてお節介をするのだろう。
助けてもらったことには感謝しているけれど、彼らはわたしたちに構う義理はない。
パーティーを組んだ冒険者同士でも、いざとなったら平気で仲間をダンジョンに置き去りにするのだ。
見返りもないのに、他人を助ける意味がわからない。
乗り合い馬車で、隣り合った乗客が譲り合うのとはワケが違う。
――わたしは他人を信用できない。
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