40.魔素中毒③
「なぜ、魔力拡張のような儀式をやるかって――?」
疑問に思ったことをタイミングよく問い返されて、わたしはこくこくと頷いた。
「原初の神を降ろすには、人間の器は小さすぎる」
「依代にするために……?」
「そうだ。魔力を湛える器を拡張し、より多く、より強い魔力に耐えられるよう、人体を改造する実験だ。奴等は、神降ろしの儀式の一環としてそれをやる。体のいい人体実験だ。今じゃ、まともな魔法学の現場では誰もやらない」
「違法なの?」
「違法でもあるし、成功率が著しく低い。その上、コストが高くて時代錯誤だ」
器になる被験者は人間だものね。
「稀に成功したところで、再現性がなければ話にならん。狂気の実験だ。被験者となる人間は適当なところから攫ってくるか、孤児を使えば済むが」
――あれ?
「魔力を注ぐ側の消耗が激しくて、潰れる魔法使いが続出した。魔力というのはいわば生命力でもあるからな、それを削り切ったら廃人となるに決まっている」
実験に使う被験者――というか依代にする人間を攫ってくること自体は、問題ではないの??
疑問が湧いたけれど、ここで突っ込むと話の腰を折ることになるので黙っておいた。
(クロスさんは魔力拡張の研究に携わったことがあるの……かしら?)
彼の手は、何気なく膝の上に置かれているようで、その実、きつく握り締められていることに気がついてしまった。
「あんなものの研究に手を出す奴は、邪教徒でなくても頭の悪い研究者として学会から干されるのがオチだ」
成功したところで、違法な研究なのでどこにも発表することができない。
被験者の調達段階からすでに違法性が滲みまくっている。
その上、実験に参加した魔法使いが再起不能になるというのなら、ほぼメリットがない。
どうやらクロスさんの言う「狂気の実験」の「狂気」は、研究の違法性ではなく、研究の質や魔法学者の研究に対する姿勢に向けられているようだった。
(人攫いでも人体実験でも、合理性のある研究なら構わない――の?)
「オレがなぜ複数の属性魔法を操れるか、不思議だろう?」
わたしはまた、頷いておいた。
「魔素中毒には治療法がない。これは経験談だ、と言えばわかるか? 大量の魔力を注ぎ込まれて魔素中毒になり、手の施しようもなく――施す気があったとも思えんが――オレ以外の生贄は全員死んだ」
被害者……生き残り……?
「予想以上に死亡者が出たんで、奴等、死体の処理に困っていたよ。――十年以上前の、オレがガキだったころの話だ。魔力拡張で生き残ったせいで、制約はあるがほぼ全属性が使えるようになった」
「どうしてそんな話を」
今、わたしに向かってするのだろう。
レッドの症状のことだけなら、詳細は伏せておくこともできたはずだ。
属性のことだって、魔法付与されたアイテムを複数持っているとでも言えば誤魔化せたはずだし、ご丁寧に出会ったばかりの他人に話さなくてもいいことだ。
「あんたには話しておくべきだと思った。あんたの魔力は、魔力拡張でも得られないほどの容量がある。――実はまだ余裕なんだろ? オレに想定以上の魔力を渡して、猫族にも渡して、手の傷に治癒魔法を掛けて、その上まだ生活魔法を使おうとしていた。荷物にもかなり強めの軽量化魔法が掛かっている。浄化魔法も使っているな。その前には、何度も治癒魔法を使っている」
返す言葉もない。
「オレが残り魔力を聞いたとき、治癒魔法十回分くらいとか言ってたの、あれ大嘘だろ」
クロスさんは、気の利いたイタズラでも見つけたかのように、にやりと笑っていた。
「その通り……嘘です」
「やっぱりな」
もう言ってしまおう。
この人は観察力が鋭いから、隠してもいずれバレてしまうだろう。
「本当は、最上級の治癒魔法でも、あと二十回以上は余裕です……」
クロスさんがヒュウと軽く口笛を鳴らした。
「恐ろしいな」
「嘘ついてごめんなさい」
「いや、それでいい。お前は正しい」
本当のことを言うと、二十回という数も、嘘ではないが正しくもない。
十回から二十回という数が座りがいいから使っているだけで、実際のところは無尽蔵と言える。
初級ランクの冒険者の間では、使える魔法が三種類以上、十回以上だとだいたい「わあ、すごいね!」となる。それ以上は未知の世界なので、計算が追いつかないのだ。
「あんたに言っておかなければならないと思ったのは、そのことだ。この先、何があっても魔力量のことは隠せ。邪教徒はまだ存在する。奴等に見つかって利用されたくなければ、隠し通せ。そして、また誰かを魔素中毒にしたくなければ自重しろ。気軽に上級治癒魔法を使うな」
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