39.魔素中毒②
「まず、魔素中毒というのは、魔法学会で正式に認められた症例ではない。本来、存在しないはずのものだ。だから、あんたが知らなかったからといって自分を責める必要はない」
この人はどうして。
「かなり専門的な分野を研究している者でも、知らない者がほとんどだ」
わたしが欲しかった言葉を、的確に言い当てるのだろう。
取り返しがつかない過ちを犯したことは承知はしているけれど、安い慰めは心に沁みた
「そもそも、一人の人間を魔素中毒にするには、魔法使い一人分の魔力では絶対的に足りない」
「?」
「ベテラン魔法使い三人から五人以上で、魔力回復薬をガブ飲みしながら必死に魔力を注ぎ込んで、ようやく一人の中毒患者を作り上げることができる。そういう性質のものだ」
確かにわたしは、レッドに大量の魔力を浴びせた。
何度も繰り返し治癒魔法をかけたことで、レッドの体内には通常よりはるかに多くの魔力が循環していたことだろう。
おまけに、魔力移譲という新しい魔法を知ったわたしは、レッドに自分の魔力を移すことで止めを刺した。
(あのときわたしが魔力移譲さえしなければ、レッドは中毒を起こさなかったかもしれない……)
「おい、理解しているか? あんたの魔力が強過ぎるって話だ」
「人より魔力量が多いことは、理解しているわ」
おかげで化け物扱いもされたけれど、助かりもした。
「“人より多い”なんて可愛いもんじゃないだろ。この世には、魔素中毒の症状が現れるまで、一人で魔力を注ぎ続けられる魔法使いなんかいない。あんたの魔力は、質も量も規格外すぎる」
どうやら、誉められているわけではなさそうだった。
「オレも魔素中毒を見たのは久しぶりだ。……二度と、見たくはなかったがな」
「そ……それじゃあ、レッドはどうなるの!? 存在しない症例だというなら、治療法は……!」
「治療法はない」
「そんな……」
「過剰すぎる魔力を全部、排出するか吸収するかすれば治る。外野ができることは何もない。放っておいても助かる奴は助かるし、死ぬやつは死ぬ」
「レッドは……」
「獣人は人間よりも丈夫だからな。助かる確率は高いだろう。――もし助かれば、こいつは大きく化けるぞ」
「ばける?」
「進化や覚醒という意味合いか――きれいな言い方をするなら、試練を乗り越えた分、強くなる――ということだ」
「なぜ、魔法学会で研究されていないの? 」
「邪教徒や異教徒の所業だからだ」
邪教や異教というのは、国で認められた正規の教会以外で発足した、新興宗教や民間信仰の総称だ。やや蔑称寄りの。
けれど、新興宗教や土着の民間信仰はともかくとして、原初の魔神や邪神を崇めるような古いタイプの邪教は、もう何百年も前に廃れたはずだ。歴史書にはそう記されている。
いたずらに人心を惑わせるとして、国をあげての粛清の対象となり、最後には勇者によって討伐されたという伝承が残っている。
確か「勇者」というジョブはそのころに生まれて、あっという間に人気職となったのだ。
「邪教徒はまだ存在するぞ」
表向き、壊滅させたことになっているから、今は存在しないことになっているけどな、とクロスさんは何でもないことのように言った。
「残党、というか思想を継ぐ者は後を絶たない。そいつらのやらかした所業の一つが、人体に大量の魔力を注ぎ込むことで、魔力の底上げを図るという実験――儀式だ」
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