38.魔素中毒①
わたしはレッドに付き添っていた。
リオンさんは、酒場ならまだ開いているから、何か食べる物を調達してくると言って出て行った。
ときどき、レッドの頭を冷やしている手拭いを替える以外に、することはない。
わたしはレッドが眠っている寝台の脇に、蹲るように膝を抱えて座り込んだ。
頭と上半身だけ、寝台の側へ傾けて寄りかかるような体勢になる。
「こいつの様子はオレが見ているから、少し休んだらどうだ?」
「慣れてるから平気」
実家のわたしの部屋はシャーリーンに取られた。
本邸に足を踏み入れることを禁じられて、わたしの部屋は離れの物置部屋になった。
ときどき、何も知らない使用人が本当の物置だと思って開けて、驚いて悲鳴を上げていた。
物置では、床に古い敷き布を広げて、その上で眠った。屋敷のゴミ置き場から、廃棄寸前の毛布を拝借して使っていた。
そんな物置部屋も、寄宿学校に入っている間になくなっていた。
長期休暇で寄宿舎が閉鎖される時期は、実家へ戻るしかなかったけれど、改築で物置部屋が撤去され、最終的にわたしの寝場所は庭園の端の納屋になった。
庭仕事の道具や馬具などを収納している狭い小屋だ。
季節によっては肥料や催事の道具などが増え、横になるスペースがなかったので、麻袋に寄りかかって座って眠った。
冒険者登録をしてギルドに出入りできるようになってからは、ギルドの待合所で夜を明かすこともあった。王都のギルドは、併設の酒場が深夜まで開いていたので、皿洗いや下ごしらえを手伝って時間を潰し、朝まで待合所で仮眠を取った。
早番の受付嬢が出勤してくるまでは、酒場で酔い潰れた人々に準じた扱いで放っておかれたから、まあまあ眠れた。毎日のことではなかったし、子供だったから色々と大目に見てもらったし、見逃されてもいた。
実家の納屋と違って、シャーリーンが嫌がらせをしに来ないだけマシだった。
アイリスとして稼げるようになってからは、安くてもちゃんとした宿に泊まれるようになったし、アトリエを持ってからは不自由なく過ごせた。
けれど、横にならずに眠る方法も、熟睡せずに眠る方法も、今でも身体が覚えている。
聞けば、レッドも似たようなものだったという。
ダンジョンに潜れば、盗賊役に眠る暇はない。その上に雑用もやらされて、ときどき立ったまま意識を失っていたらしい。倒れればダンジョンの深層に捨て置かれるか、殴られるかのどちらかなので、立ったまま眠る方法まで身に付けたそうだ。
「でも殴られれば眠気は覚める。痛みがある間は正気でいられる。本当にヤバいのは、疲労と眠気が痛みを上回ったときだ」
そんなふうにも言っていた。
そのレッドが意識を失って倒れるなど、余程のことだ。
魔素中毒という言葉は聞いたことがなかった。
治癒魔法に頼りすぎると、そのうち効かなくなる日が訪れる(かもしれない)という噂話は聞いたことがあったけれど、魔素中毒という言葉は初耳だ。
(最悪、死ぬかもしれないなんて……)
気配がして顔を上げると、クロスさんがこちらへ近付いてくるところだった。
「眠らないのならちょうどいい。あんたには話しておきたいことがある。――こっちに来て座れ」
そのまま、わたしの腕を取って引っ張った。強引に立ち上がらせて、レッドが寝ている寝台の端に腰かけさせられた。
クロスさん自身は隣の寝台の端に腰かけ、お互いに向かい合って座る格好になると、おもむろに言った。
「魔素中毒の話だ」
わたしは居心地が悪くなって目をそらす。
だって、わたしが治癒魔法を掛けすぎたせいで、レッドは高熱を出して倒れたのだ。
わたしの無知のせいで、レッドが死んでしまうかもしれない。
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