30.魔法使いの言うことには/クロス視点
「属性魔法が使えない?」
オレの後ろに乗っている亜麻色の髪の少女は、信じられないことを言った。
「魔力属性がないということか?」
「そうみたいです」
「魔力反応が弱くて鑑定できなかった、ということじゃないのか?」
口に出してから、自分でも馬鹿なことを言ったと思った。
この少女からは、強い魔力を感じる。
魔力がない、ということはないだろう。
自分でも思った以上に動揺していたのかもしれない。
古代魔法語を理解し、瞬時に魔法陣を書き換える実力を持ちながら、魔力属性がない――属性魔法を一つも使えないなど、あり得ない。
「子供のとき、鑑定の儀でそう判じられたそうです。魔力は鑑定石に反応したけれど、属性は鑑定不能だった……と」
魔法について少しでも学んだ者なら、誰でも知っていることだ。
人には、魔力属性というものがある。
正確には、魔法を使う者になら誰にでも、と言うべきか。
魔物も魔獣も、人間も亜人種も、だ。
魔力の多い少ないはあっても、属性を持たない者はいない。
王侯貴族でも、平民でも奴隷でも、それは同じだ。
属性によって得手・不得手はあっても、全く“ない”ということはない。
生活魔法しか使えない程度の、最弱の魔力しか持たない平民であっても、四属性のどれかには属している。人の特性はその属性から生じ、性格や趣味嗜好、果ては天職や適職を分ける要因となるのだ。
「そんな事例は聞いたことがない」
だとしたら、この少女は今までどうやって生きてきたというのだ。
大半の魔法が使えない身で冒険者をやるなど、自殺行為もいいところだ。
(いくら護衛を連れているとはいえ……)
オレは、リオンの馬に相乗りしている少年を見た。
獣人だが、戦闘向きの種族でもない。
シーフかレンジャー、よくて軽戦士だろうが……いずれにしても、さして戦闘力が高いとは思えない。
採取に行った山で、運悪く熊タイプの魔獣にでも遭遇すれば、一貫の終わりだろう。たとえ治癒魔法があったとしても……
「治癒魔法は聖属性だが」
「それだけは少し使えたので、何度も練習しました」
「なら、光魔法の灯も使えるだろう」
オレは前方の小さな光球を指差した。
「やり方はわかるだろう。試しにやってみろ」
「やめておいたほうがいいです。馬が驚いてみんな怪我する羽目になります」
「発動しないわけでないのか」
「発動できないものもありますけど、暴発する確率のが高いです」
なんだそれは。
あり得ないだろう。
「意味がわからん」
それに治癒魔法を練習しただと?
治癒魔法は、神殿所属の聖女や治癒術者にでも弟子入りしない限り、経験を積む機会が得られない種類の魔法だ。
だからレベルが上がりにくい魔法の一つに数えられていて、それが聖女と治癒術者の付加価値を高めることにもつながっている。
「お前、自分を練習台に使ったのか!?」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
オレ自身もかなり魔法学に傾倒している自覚はあるが、自傷してまで治癒魔法の練習をするほどクレージーではない。
「バカか」
おそらく、教会で正式な鑑定の儀を行えば、苦痛耐性が恐ろしい数値になっていることだろう。
「たぶん、そうなのでしょう。魔法を使わなくても生きられるなら、そのほうがいいのです」
少女は静かに肯定した。
「すまん、言い過ぎた」
それに苦痛耐性の数値に関しては、オレも他人のことをとやかく言えるほど正常値ではない。
「治癒魔法のレベルは?」
「単体限定で、最上級まで」
最上級レベルの治癒魔法は、聖女でも使える者が限られている。
身体欠損だろうが古傷だろうが、流行病だろうが、死人以外は全て治せるという究極レベルだ。
いったい何度、練習すればその域に達するというのだ。呆れてものが言えなかった。
「絶対に鑑定魔石の不具合か何かによる、鑑定の失敗だ。鑑定し直したほうがいい。今まで再鑑定しなかったのか?」
聖属性である治癒魔法を最上級まで使いこなしておいて、属性魔法だけ使えないなどという言い分は通らない。
アリアという名の少女は、再鑑定という言葉に、気まずそうにへらりと笑って誤魔化した。
「機会がなくて」
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