26.レッド③/レッド視点
すとん、とアリアの魔力が流れ込んできて、さっきの戦闘で使い切った分が完全に補充されたのがわかった。
(魔力が回復した……)
「新しい魔法を覚えたのよ!」
アリアは嬉しそうに、新しく覚えたという魔法の説明をしてくれる。
「試しにファイアーボールを打ってみてよ!」
そう言って、黒焦げになったリザード(と、その他諸々)の小山を示してみせた。
アリアが楽しそうに笑っているところは、久しぶりに見た。
辺境行きを命じられ、やっと構えたというアトリエを引き払うことになって、落ち込んでいたから。
ファイアーボール……打てないこともないが、今はやめておいたほうがよさそうだ。
オレはちらりと二人の男たちに目をやった。
片方は魔法使いだ。
あの火柱があいつのせいだというのなら、目の前でオレのしょぼいファイアーボールなんか見せても笑われるだけだろう。
オレはもともと素質がないから、初級のファイアーボールくらいしか使えない。
魔法適性も高くないから、すぐに魔力枯渇で動けなくなる。
だから、よほどのことがない限り魔法は使わないようにしていた。ぶっちゃけ、威力も弱いから、魔法で攻撃するよりは物理で殴ったほうが効く。
オレのファイアーボールなんか、あの黒髪の魔法使いにとっては、目眩しの火花程度のものだろう。
「……回復したのに無駄打ちしてどうすんだよ。やめておくよ、先は長いんだし」
「大丈夫よ! そうしたらまた、魔力でも体力でも何でも回復して……あ」
とたんにアリアから笑顔が消えた。
「ごめん……。ごめん、レッド……もう、あんなの嫌だよね……。もう二度としないから……」
アリアの手が震えている。
おそらく、怪我のせいだけじゃないだろう。
あれは、アリアにとって酷いトラウマになったらしい。
(まあ、オレが弱ぇのが悪ぃんだけど……)
全員死んで、連れが何度も死にそうな目に遭うところを見せつけられたら――それが自分のせいだとしたら、なおさらだ。とっくに心が折れてしまっていても、おかしくはない。
奴隷のオレが言うのも変な話だが、アリアは貴族のお嬢様にしては十分、心が強いと思う
「いいって。それより先を急ぐだろ? 早くしないと夜になっちまう。さすがにこの森で野宿は嫌だぞ。――ほら、早く手を治して、自分の荷物持って」
「うん……」
だから、あえていつも通りに振る舞った。
何もなかったんだ。オレは致命傷なんか受けていないし、脚を斬り飛ばされたりもしていない。服がところどころ破れているのは、ちょっと激しめの乱闘になっただけだし、ダガーをなくしたのは逃げるため。
戦うと言ったのはオレからだし、アリアはオレの頼みを聞いただけだ。
(それで負けてりゃ世話ねぇけど)
馬車に乗り合わせていた乗客が全員死んだことについては、そういう運命だったとしか言えない。
それをアリアが気に病んでいるのだとしても、悪いがオレには何もできない。
だっておれは、アリアが無事ならそれでいいから、他の乗客たちを悼む言葉なんて持ち合わせていない。
(ヒト族だろうと獣人だろうと、貴族だろうと奴隷だろうと、どうせ死ぬときゃあ死ぬ)
オレが死ななかったのは、アリアが治癒魔法をかけ続けてくれたおかげだ。アリアは何も悪くない。
――だから、二度とオレのために泣かないでほしい。
アリアを促して、なんとか冒険者の二人に挨拶をして、その場を立ち去ろうとした。
「あのっ、ありがとうございました。わたしたち、もう行きますね。先を急いでいるのは本当なので」
オレも二人には軽く頭だけ下げておく。
奴隷身分の者になど話しかけられたくないだろう。
「待って! この先、二人だけで歩いて行くつもりかい!?」
「お前、何者だ。古代語はどこで教わった? 師は誰だ?」
困ったようにアリアが口籠る。
オレは、主人に先んじて答えるわけにもいかないから黙っている。
その場に妙な沈黙が広がった。
一呼吸ほどして、金髪の剣士が仕方がないという様子で沈黙を破った。
やはり金髪剣士がリーダーか。
「クロス、それは今聞くことじゃないだろう」
魔法使いの肩をポンと叩いて下がらせる。
「――ごめんな、何度も呼び止めて。実は俺たち、ここまで馬で来たんだ。魔獣と遭遇して逃してしまったけれど、呼べば戻って来ると思う。ここで会ったのも何かの縁だし、心配だからこの先の村まで送らせてほしい」
嘘だ。
ここまで来る間――前の村でも、道中でも、盗賊の襲撃の前にも後にも、彼らには出会わなかった。森は一本道だ。
だとしたら、こいつらはオレたちとは反対側から来たことになる。来た道を後戻りしてまでオレたちを送ろうというのは、親切が過ぎる。
それに人間は夜目が利かない。はっきり言って足手まといだ。
だが、判断するのは主人である。
「えっと……」
「アリアちゃんはクロスに乗せてもらえばいい。――いいよな、クロス? そうすれば道中、魔法の話もできるだろうし」
こいつ、アリアをちゃん付けで呼びやがった。
「君のことは俺が乗せていくよ」
「必要ない」
誰が野郎と相乗りなんかするかよ。それくらいなら自力で走る。
「あの、古代語と古代魔法語は別の言語なので、分けて考えたほうがいいです」
アリアは魔法使いの言葉に答えて言った。
「それから、わたしに師はいません」
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