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25.恩寵の右目と魔法陣

 恩寵の右目を持つわたしは、教本も魔法陣も一度見るだけで覚えられた。


 寄宿学校(ローランド)では単位さえ取れば後は自由にしていられたから、早々に試験をパスして、アイリスとして活動する時間を取っていた。レッドが協力してくれるようになってからは、より効率的に二重生活を送れるようにもなった。

 座学の授業では、全くと言っていいほど困ることはなかった。

 必要なことは全部、教本に書いてある。

 座学の授業は、型通りにそれを復習(さら)うだけだ。


 所詮は“諸事情”で王立貴族学院に入れなかった貴族の吹き溜まりであり、カタチだけ学歴が欲しい平民が大金を積んで入学してくる場所だ。単位も成績も、金と権力でどうにでもなるようにできている。

 むしろ、学力よりも財力がモノを言う、ある意味では正しく社会の縮図を学べる貴重な場でもある。


 困ったのは、右目のおかげで、うっかりすると好成績を取り過ぎてしまうことだった。

 成績が悪ければ居残りになり、生活費を稼ぎに行く時間がなくなる。

 成績が良ければ、良くも悪くも目をつけられる。

 凡庸すぎても、凡庸であること自体が絡まれる理由になる。

 加減が難しいところだった。


 学内の上下関係や派閥争いに巻き込まれるなど、時間の無駄でしかない。

 伯爵家の御令嬢がなぜこのようなところに……から始まる嫌味や侮蔑、マウントの取り合い、嫌がらせ。そんなものには銅貨1枚分の価値もない。

 極力、学内に居る時間を減らしたかった。


 あの学校で真に役に立ったのは、図書室の蔵書くらいのものだ。

 金持ちの道楽学校だけあって、金に()かせて寄贈された書籍だけは良書だった。

(さすがに魔法書はなかったけれど……)


 だからわたしは、暗記科目は得意だけれど実技は苦手――ダンスや礼儀作法の授業(クラス)が嫌いでよくサボる生徒、という体裁を取っていた。こちらも加減が難しいところで、単位を落としては元も子もないが、上流階級風の礼儀作法に馴染み過ぎると、冒険者街に出たときに悪目立ちする。

 普段からよくサボる生徒だと思われていれば、いなくても「またか」と思われる程度で済む。

 実際、よく抜け出して冒険者ギルドに行っていたから、サボっているせいで成績が悪いのも事実であったが――教師にも級友にも、アリア・ヴェルメイリオとはこういう生徒だ、とわかりやすいレッテルを与えておく必要があった。


(人は、理解の及ばないものを警戒する生き物だから)


 その最たるものが、義母――継母(ままはは)のイーリースだろう。

 毒を盛っても、ナイフで刺しても死なない娘を、化け物と呼んで恐れるのは当然だろう。

 実の娘(シャーリーン)に「異母姉(アリア)を刺してしまった」と血塗れのナイフを持って泣きつかれ、証拠隠滅のために奔走したというのに、翌朝、何事もなかったように「おはようございます、イーリースお継母(かあ)様」などと言われた日には、この化け物めと抹殺を誓ったとしても不思議はない。


 これが、わたしが義母(イーリース)から何度も殺されかけているもう一つの理由である。


義母(あの女)は、行動原理が理解できる分、恐ろしくはない)


 権力を握っている分、脅威ではあるが、恐ろしくはない。

 わたしがむしろ恐ろしいと感じるのは、異母妹のシャーリーンのほうである。

 あの娘は、何を考えているのかわからない。 


(わたしを刺した翌日にも、いい笑顔で「これでまた遊べるね、異母姉(おねえ)さま」と言ってきた) 

 

 おそらくシャーリーン(あれ)は、生来からの嗜虐趣味なのだろう。

 人知の及ばないものに対しても、面白い玩具だとしか考えない。

 後でどのような報復を受けるか、想像するほどの知恵がないのだろう。


 あの女たちの敗因は、わたしを家から出したことだ。

 恩寵の力は、家や学校、見目を気にする貴族社会では何の役にも立たないが、外の世界ではとても役立つ。

 周りを(おもんばか)って自重する必要もない。


 わたしの右目は、一度見ただけの魔法陣を正確に写し取った。

 複写(コピー)し、再現することができる。

 再現できるのは無属性魔法と生活魔法に限られるけれど、魔法陣のどの部分にどういう順序でどれくらいの魔力が流れるか、全てが()える。


 さっき魔力移譲(トス)は勢いがつきすぎていたのだ。

 同じ一本の川でも、雨季と乾季では水量が違う。

 水量が違えば、勢いも違う。

 上流と下流で川幅が違えば、水量も勢いも変わってくる。

 それと同じことだ。

 さっきのは、水量の多い急流で、川幅の広い緩やかな下流でやるのと同じように、いつもと同じ桶を使って水を汲もうとしたから起きたことだ。


 いくら書物に記された魔法陣を暗記しても、魔力の流れを見ることができない者には魔法は使えない。

 魔力の流れを体感し、理解している者でも、魔力量が足りなければ魔力操作ができない。水路を引いても、そこに流すための水がなければ意味がないのと同じことだ。

 魔力操作ができる者も、魔法陣の構造を理解できなければ応用が()かない。

 けれど、たいがいの呪文(スペル)は失われた古代語で綴られているため、師について学ぶ専門職の魔法使いでもない限り、それを解読できる者は少ない。


 クロスさんが驚いているのは、そういう理由だ。

「あんた、古代魔法語(ルーン)が読めるのか……?」


 返事は差し控えさせてもらった。

 わたしが実力で読んでいるわけではない。

 右目を通すと、視えるだけだ。

 古代語の意味も文法も、魔法語として使う際の構文も、魔法陣の構造自体も――隣国の言葉と同じ程度には理解できる。馴染みは薄いが、使えなくもない第二言語のようなものである。


 わたしにとっては、古代魔法語(ルーン)も現代の言葉と変わらない。

 専門職の魔法使いが何年も師匠について学ばなければならないものを、第二言語程度の感覚で使える。

 でもそれですら、右目の恩寵の一端に過ぎないのだ。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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