24.火柱と錬金術
火柱が上がった。
同時に、手のひらにピリッとした痛みを感じた。
が、それどころではない。
いくつもの火球――一つひとつが、馬車を破壊した火球ほどの大きさがある――それが次々に沼蜥蜴を直撃した。
そして、連鎖爆発を起こして、最終的に巨大な火柱が立ち上がった。
「……」
「…………」
わたしもクロスさんも無言だった。
「おおっ、派手にやったな!」
何も理解していない剣士は、一人だけはしゃいで魔法使いを賞賛した。
「でも、あんなに強い火魔法を使って、残り魔力は大丈夫なのか?」
「オレじゃない……」
「?」
「あの爆発は、オレの意図したものじゃない。オレはごく普通のファイアバーストを放ったつもりだった」
「どういうことだ? ――っていうか、お前ら、その手は!?」
言われて見ると、左手のひらの皮膚が破れて血が出ていた。
クロスさんのほうは、もっと酷い。
だらだらと手首までつたっているから、たぶん、大きく切れている。
二人して、自分の左手をしげしげと眺めた。
痺れていてあまり痛みは感じない。
「ちょっと見せてくれ」
早く治癒魔法をかけろと狼狽えるリオンさんを無視して、クロスさんはわたしの左手を取って見聞した。
「軽傷だな。火傷のようにも見えるが……」
それから自分の左手のひらも見る。
「魔法陣を持っていた分、オレのほうが損傷が大きいということか……ふむ」
「そのようですね……」
面白い魔力の使い方だと思った。
このような魔法があるとは、全く知らなかった。
「クロスさん、これは無属性魔法ということでよいのでしょうか?」
「そうだ。本来、魔力回復薬が切れた時の非常用として開発された」
「素敵だわ」
この魔法さえあれば、もう誰からも、魔力回復薬のことで文句を言われずに済む。
「だが、失敗すると必要以上の魔力を渡してしまう結果になり、次には渡した側が魔力枯渇に陥ることがある」
クロスさんが何か言っていたけれど、半分以上聞き流していた。
「魔法陣には、1エナ以上流れないようにリミッターが設定されている、とおっしゃっていましたよね?」
「すまない。リミッターが機能していなかったようだ。すぐに治療するから待ってくれ――いや、それよりも体調は問題ないか? 魔力枯渇の兆候は出ていないか?」
「たぶん、リミッターは機能していなかったのではなく、壊れたんだわ」
魔力が動いたときの感覚では、魔力量的には問題はなかった。
必要以上に持って行かれたわけではなく、正しく治癒魔法二〜三回分程度――1エナジー以下なのは間違いなかった。
ただし、わたしの場合、魔石を一つを生成するのに3エナジーほど使っている。
普通より大きくて質の良い魔石を生成すれば、それだけ高く買い取ってもらえる。
この事実に気づいたとき、わたしの生活は一変した。
生活に余裕ができて――ちゃんと三食食べられるようになった――アトリエを借りるための貯蓄まで始めることができた。
(時々なら、お菓子を買っても大丈夫になったし……)
初めて、専門店で焼き菓子を買った日のことは忘れない。
いつも眺めるだけだった可愛いお店に、足を踏み入れるのは緊張した。
魔石生成は、確かに魔法学の中でも錬金術寄りの理論だけれど、わたしにとっては正真正銘の錬金術だった。
直接、黄金を錬成することはできなくても、限りなくそれに近いことができたのだ。
「魔法陣はこれよね?」
わたしもクロスさんの真似をして、彼が描いたのと全く同じ魔法陣を空中に描いてみせる。右手で。
「破棄した詠唱の中身は?」
「天精霊と司精霊に恩寵を乞う内容のものだ」
詠唱はごく一般的なワードだった。
「なら、リミッターを3エナまで通せるように書き換えるわ」
宙の魔法陣をいじって、含まれる呪文を指先で書き直す。
隣でクロスさんが息を飲んだのがわかった。
「さっきのファイアバーストには、3エナ分の魔力が乗っていたの。だからあの火力だったし、魔力の受け渡し導線は破裂してしまったのよ」
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