235.宴会(放蕩息子)
「ジャックさんって、マイアさんの旦那さんの、人狼族の?」
「ああ、お嬢ちゃんはジャックとも知り合いなんだっけ」
「申し訳ないけど、二人とも仕事で留守なのよ」
やっぱり、ダンジョンで会ったジャックさんで間違いないようだ。
わたしが治癒魔法をかけて回復した後に、これでもう一度息子に会えると号泣していた、あのジャックさんだ。
(マイアさんも、大変ね……)
息子さんは遊びに行って帰ってこない。
旦那さんは仕事で留守がち。
女性一人では、留守を守るのにも限界があるだろう。
(でも何かあっても、すぐにウランさんが助けてくれそうだけれど)
きっと、お互いに助け合って上手くやっているのだろう。
大変と言えば、ウランさんも族長代理を務めなければならないから色々と大変そうだ。
宴会場で村人たちと挨拶を交わすだけでも、ちょっとした時間がかかっている。
先に食べ始めていてほしいと言われたから、お言葉に甘えてそうさせてもらったけれど、別のテーブルに誘われて行ってしまったウランさんは、手元のお料理が一皿、二皿と減っても一向に戻ってくる気配がなかった。
ノアさんもウランさんも、村人たちとの距離が近い──親しみやすい長である分、持ち込まれる相談事も多そうだし、そもそも人間の村の村長と違って、王国からの援助や庇護などは当てにできない。
魔物や敵対勢力に対して、全て自力で対応しなければならないのだ。
亜人種は、村の外では奴隷になるか、ノアさんたちのように強くなるか、わたしのように怯えながら隠れて生きるしかない。
ノアさんやジャックさんのような猛者だって、ダンジョンに置き去りにされ、見殺しにされるような世の中なのだ。
(村に“しきたり”が作られるのも無理ないかも……)
そこまで考えて、ふと気づいた。
(あれ? それなら、放蕩息子さんは──?)
ユージュという名前の、ジャックさんとマイアさんの息子さんは、かなり自由に放浪しているような話し振りだった。
それも、近くの野山を駆け回っている程度ではなく、人間の住む町に出入りしているようなのだ。
(冒険者を目指しているわけではないから、いいのかしら……?)
「勝手に村を出て行った場合はどうなるんです?」
エルさんとミーナさんに問いかけてみる。
ほら、家出とか若気の至りとか、絶対にないとは言い切れない。
ミーナさんは、言いづらそうにしながらも答えてくれた。
「勝手に出て行った子に対しては、村も家族も責任を負わない。完全に自己責任で生きてもらうしかなくなるわ。
何があっても助けないし、奴隷狩りに捕まったとしても、族長も傭兵団も動かない。そういう決まりなの」
「戻ってくるのは構わないけど、たいがい誰も戻ってはこないさね。大口叩いて出て行って、どんな顔して戻りゃいいのかわかんないのさ」
「そういう子たちが今どうしているか、風の噂で聞くこともあるのだけど……」
あまりいい結末ではないらしい。
村の仲間を見捨てるという選択も、見捨てられた者がどのような末路を辿るのかという話も、改めて言葉にしたいものではないのだろう。
「案外、厳しいのですね……」
慣習や“しきたり”という習俗的なものではなく、厳格な掟のように聞こえる。
「どんなヤンチャ息子も、自分の親だけは泣かせたくはないからね。たいがいの子は“しきたり”を守っているから問題ないさ」
エルさんが場を和ませるように、努めて明るく締めくくった。
*
「捕まった者を助けたくても、全員は助けられないからな。苦渋の線引きだ」
ふいに背後からウランさんの声がした。
席に座ったウランさんは、ミーナさんに果実酒を持ってきてもらい、それを豪快に飲み干した。
「喋りっぱなしで喉がカラカラだよ」
「お疲れ様です」
「ちなみにユージュとその悪友どもは、旦那の許可どころかお墨付きだよ。村を出るのも、冒険者になるのも自由だ。一時期はノアが自分の傭兵団に入れたがっていたが、」
一気に果実酒を飲み干してしまったウランさんは、再びミーナさんを呼んで、おかわりを頼んでいる。
「亜人種狩りを捕まえたって言ってましたものね。やはりお強いんですね」
「単純な戦闘力だけで言うなら、とっくに父親を超えてるよ。あれは天賦の才を持っている。
傭兵も冒険者も、農夫も狩人も、どれも人並みにこなすだろうが──何でもできるからこそか、何にも興味を示さない。どうにも浮世離れした奴でな」
「はあ……」
返答に困った。
ユージュさんというのは、どうにも贅沢な悩みを抱えた人のようである。
(わたしなら、ずっと村の中で安全に暮らしたいと願うのになぁ……)
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