213.エルフになりたい㉔魔力の匂いとお金の話
「やっぱりな」
思った通りだ、とレッドはにやりと笑った。
それから、もう一度二つの魔石を手に取って──匂いを嗅いだ。
「クロス、理由わかったぜ」
治癒魔法で傷を治してもらったレッドは、先ほど出された難問が解けたとばかりに自信たっぷりで言い切った。
「ほう? 言ってみろ。今、アリアに魔法を使わせたことと関係あるのか」
「ああ、もちろんだ!」
何それ、私も知りたい。
「言っただろ。アリアの治癒魔法は、花みたいな香りがするって」
そう言ってレッドは、もう一度、灰白色の魔石の匂いを嗅ぐ。
「こっちは、アリアの魔力の匂いがする。それが理由だ」
「……」
「……」
わたしもクロスも絶句してしまった。
「レッド、魔力には匂いはないと思うのだけれど……」
「いや、あるぜ? 賭けてもいい」
言い張るレッドに、わたしたちは困惑した。
でも、確かに魔力を感じ取っているなら、魔物の魔法攻撃に機敏に反応できるのも、納得できる。
先に言葉を発したのは、クロスだった。
「こいつは前からこうなのか?」
こう、とは魔力を匂いで判別しているのかという意味だろうか。
「何度か、わたしの治癒魔法に花の香りがするとは言っていたけれど……」
わたしは魔力に匂いを感じたことがないので、なんとも言えない。
「オレも獣人の生態には詳しくないからな……。魔力視ではなく、別の感覚で把握していると言われても否定はできないが……」
クロスは珍しく言い淀んでいた。
自分で理由を言語化しろと言った手前、それが斜め上の回答だったとしても、一概に否定できないらしい。
意外と、いい教師である。
普通なら、模範解答でなければ一蹴に伏すものだ。
「なら、賭けるか。後で確かめて、お前が勝ったなら好きな物を奢ってやる」
「乗った!」
レッドが机を叩いて喜んでいる。
「お前が負けたら罰ゲームな」
「負けるかよ」
「──とまあ、ここまでの話は前置きだ」
あれ? 魔石の見分け方の講義ではなかった??
「この魔石、いくらで売れると思う」
二問目の問いは、魔石の値段だった。
値段当てゲームでもするつもりだろうか?
けれど、こちらは直に売りに行ったことがある身だ。答えを知っているようなものだから、勝負にならないと思うのだけれど……。
「アリアの魔石はだいたい2000フロヮだな。それ以下、ってことはねーよ。もう一個の白い方は……アリアの魔石より魔力量が少ないっていうなら、1500フロヮくらいか? 最低でも、1000フロヮ以上はするだろうけど」
これも当たれば美味しいものを奢ってもらえるとでも思っているのか、レッドが率先して答えている。
「アリアはどうだ?」
「わたしも、いつも2000フロヮくらいで買い取ってもらっているから、それくらいだと思うわ。でも……白いほうは1500フロヮより高くて、1800フロヮくらいかしらね。内包している魔力量は少なくても、かなり質がいいからギルドで喜ばれそうだもの」
ツノウサギの魔石〈小〉が1000フロヮというのが、ギルドでの標準価格である。
ただし、正確な金額は鑑定された上で決まるため、含まれる魔力の質と量によっては、多少の差が出る。
そして、1000フロヮは“普通銅貨”一枚だけれど、2000フロヮは“小銀貨”という銀貨での支払いになる。
普通銅貨五枚で普通銀貨一枚、小銀貨二枚と普通銅貨一枚で普通銀貨一枚という換算だ。
普通銅貨十枚、または普通銀貨二枚で、金貨一枚。──金貨には、めったにお目にかかることはない。
普通銅貨の下には小銅貨や鉄貨という単位もあって、一般庶民がよく使うのは銅貨より下の単位である。
普通銅貨二枚と小銀貨一枚は、金銭的な価値は何も変わらないけれど、硬貨の色が赤銅色から銀色に変わるだけで、わたしはとても嬉しかった。
(少しだけ、お金持ちになった気分が味わえたから……。)
もはや伯爵令嬢の片鱗など、どこにもないことは指摘されなくてもわかっている。
わたしの魔石は2000フロヮ前後で買い取ってもらえたから、小銀貨での支払いになることが多かった。これが、全部が銀貨になると言った絡繰りである。銀貨は銀貨でも小銀貨なのだ。でも、嘘は言っていない。
「残念ながら、どちらもハズレだ」
クロスが言った。
「こっちの白い魔石は、最低でも5000フロヮ。精製魔石の試作品で、オレの師匠が作ったものだ」
「「ええっ!?」」
わたしとレッドは同時に驚きの声を上げた。
「師匠でも、これ一つを作るのに小一時間はかかる。普通の人間には、精製魔石の模造品さえ、作ることは不可能だ」




