21.レッド②/レッド視点
動けない分、悪い想像ばかりが膨らんで落ち込んでいた。そのとき、道の先から真っ赤な火柱が上がった。
「アリア!?」
何があったんだよ!!
あれはアリアの魔法じゃない。
アリアは属性魔法が使えないから、火柱が上がるほどの火魔法を放てるはずがないんだ。
(っていうかあれ、火魔法より上位の火炎魔法とか爆裂魔法じゃないのか……?)
何やってんだよアリア!!
走り出そうとして、勢いよく転んだ。
脚が上手く動かない。
(動け……動けよオレの足……!)
アリアがちゃんと治療してくれたんだ。
動かないはずがない。
(契約魔法による命令があれば……!)
くそっ、アリアが呼んでくれれば走れるのに!
契約主の言葉はほぼ呪いだ。
待てと言われたら待つしかない。
(ん……?)
ちょっと待った。
言葉が呪いなら、思い出せ。待ってろと言う前――もっと前、アリアはなんて言った?
“自分で立って歩きなさい”
“わたしを守って”
“速やかに主人の安全を確保するべく、尽力なさい”
オレは自分の中に残っている命令の残滓をかき集めた。
集中して、都合良く言葉を解釈し直す。
それでようやく、脚が動いた。
待てと言われたあれだけが命令なわけじゃない。
歩けとも言われたし、守れとも言われた。
それなら、動ける。
たとえ肉体が限界でも、命令が強引に身体を動かしてくれる。
契約魔法は、何度も受け続けることで“馴染む”のだ。
やがて、命じる魔力が少量でも呪いが発動するようになる。
そして最終的には、魔法がなくても奴隷は主人の言うことを聞くようになるのだ。
契約魔法にはそういう性質がある。
一人の奴隷を長く使い続けるのでない限り、どうでもいい話だが、オレはそういうふうに聞いている。
(アリアの声なら何度も聞いた。直前の言葉でなくても、オレが命令を受け入れる限り、動けるはずだ――)
今度は、問題なく走れた。
途中で狼型の魔獣が1匹だけ出たが、獣化させた脚で蹴り倒し、爪で切り裂いた。
愛用していた獲物は盗賊との戦いで失って、もう手元にはない。
*
火柱の上がった場所――アリアが向かって行った、魔獣との戦闘が行われていた場所――そこには、道の真ん中に黒焦げのリザードと思われる物体が鎮座していて、左の手のひらから血を流しているアリアがいた。
アリア! どうしたんだよその手!?
大声でそう呼びかけたかったが、寸前で思いとどまった。
アリアは命を狙われているからか、目立つことを嫌う。毒蜘蛛の魔女が真っ黒な装いをしているのもそのためだ。町中でも、大きな声で呼びかけられることを嫌っていた。
「……大丈夫か?」
一瞬考えて口から出たのは、そんなありきたりな言葉だった。
アリアがオレに気づいて駆け寄ってきた。
「レッド! 動けるようになったのね、よかった!」
「こいつらは?」
オレは、冒険者らしき二人組のほうへ顎をしゃくった。
行儀が悪いことはわかっているが、荷物で手が塞がっているから勘弁してほしい。
忘れずに旅行鞄を持ってきたことは誉めてほしいくらいだ。
「剣士のリオンさんと、魔法使いのクロスさん。魔獣を倒したのはこの二人よ」
黒髪の魔法使いと、燻んだ金髪の剣士――冒険者か。
魔獣の群を難なく倒せるなら、中堅クラス以上だろう。
が、魔法使いのほうは左手に怪我をしているようだった。
アリアは二人に対してオレのことを紹介したが、二人とも不思議そうな――不可解そうな顔をしてオレたちを見た。
時々あることだった。
普通の人間は、アリアがオレのことを「従者」と紹介すると、理解できないといった顔をする。
奴隷は奴隷だ。本来、人間のように「従者」と呼ばれることはない。
オレはそっとアリアの左手を取って、傷を見た。
火傷のようだが、手のひらの皮が破れて血が出ている。
「あの火柱は?」
聞きながら、自分のシャツの裾を破ってアリアの左手に巻いた。
服は盗賊との戦闘で、とっくにボロ布のようになっていたから、今さらだ。
「あれはクロスさんの魔法ね。沼蜥蜴と魔獣と、護衛さんたちの遺体を焼くのに使ったの」
だからって、火柱が上がるほどの火力は必要ないだろう。
「……先行した護衛たちは、ここで戦っていたんだな」
うん、とアリアがうなずいた。
戦って、負けたのだ。
「二人が到着したとき、リザードも護衛も死んでいて……相打ちだったんだろう、って」
「そうか。――それよりアリア、この手はどうしたんだ? 治癒魔法は? まさか魔力切れか?」
アリアは、嬉しそうに首を横に振った。
(嬉しそうに?)
「早く魔法で治せよ」
見ているだけで痛々しい。
これなら、自分が怪我したほうが何倍もマシだ。
「もう少し、この感覚を覚えておきたいの」
なんの実験だ。
「今やらなくてもいいだろ」
また新しい魔法でも思いついたのか。
アリアは属性魔法が使えない分、生活魔法と無属性魔法を応用して新しい魔法を作り出すことを趣味としている。
「レッド、ちょっと手を貸して」
そう言ってアリアは右手でオレの手を握った。
握手でもするように、右手で右手を。
「『詠唱破棄、魔力移譲』」
アリアが短縮詠唱らしい一節を唱えると、右手を通して大量の魔力が流れ込んできた。
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