200.エルフになりたい⑪合図
契約奴隷と主人──契約主の間には、魔法によって繋がりが作られている。
主人が死ねば繋がりが切れ、奴隷の所有権は奴隷商会に戻る。
すると、奴隷は自主的に商会に戻るか、商会の職員によって連れ戻されることになる。
居場所は常に、首輪を媒介とする魔法によって補足されているから、逃げることはできない。
また、不測の事態や契約主の気まぐれによって、奴隷が放置されることもあるため、商会では別の決まりも定めている。
契約主が理由もなく奴隷を放置し、一定期間が経過した場合、奴隷商会は契約主に貸与した権利を凍結することができるのだ。
契約主に命令権はなくなり、残された奴隷は商会に回収されることになる。
レッドと連絡を取れないまま、何日もが経過した場合、そうなる恐れがあった。
しかも、回収された奴隷には“契約主に見限られた”という事実だけが残るため、商会に戻っても評定が下がる可能性が高かった。
レッドにとって、いいことは何もない。
それらを回避するためには、離れていても指示が通るように工夫しておく必要があった。
(それで合図を決めたのよね)
盗賊であっても、レッドはダンジョン探索を生業にしていた技術職寄りのシーフではない。本物の盗賊に連れ回されていたのである。
そういう合図には慣れていた。
仲間内だけで秘密裏に会話するための暗号や、人知れず連絡を取り合うための方法を開発することにも長けている。
「じゃあ、合図を決めておこうぜ」
そう言って即座に、いざというときの連絡方法を決めたのだ。
レッドも、放置状態になった挙げ句の回収沙汰は嫌だと見えて、乗り乗りで協力してくれた。
「ごめんね。面倒事の多い主人で」
「暗号を決めるくらい、面倒でも何でもねえよ。盗賊団に入ったら、まずは符丁を覚えさせられる。毎回、他人が決めた意味わかんねえ記号を、ぶん殴られながら覚えるのに比べりゃー、どうってことねえ」
「そうじゃなくて……。いつ、どうなるかわからない身の上だから……」
冒険者としてアトリエにいる間は、まだマシ──というか、レッドにも状況を把握することができる。刺客のせいで身動きが取れなくなったり、亜人種狩りなどに捕まったとしても、市井にいる間はレッドもわたしの痕跡をたどることができる。
けれど、ローランド寄宿学校にいる間に何かが起きた場合には、レッドには一切知ることが出来ない。
いっそ、上手く殺されることができれば、契約魔法を通じて状況が伝わるから、レッドも何が起きたか把握することができる。契約主が死んだ場合は、奴隷のペナルティーにはならないことだけが、救いであった。
拉致監禁というのが、一番困るのだ。
が、イーリースお継母様たちは、わたしが死ににくいことを知っているから、かなりの確率で拉致監禁や、それに類似した手段に訴える可能性があった。
「だから対策しておくんだろ。合図さえくれれば、どこにいても必ずオレが助け出すから」
「うん。それじゃあ、期待しとくね」
「その前に、捕まらねえように気をつけろ。アリアは鈍くさいんだから」
「あのね、わたしが鈍くさいんじゃなくて、猫族のレッドが素早すぎるだけなの! わたしは人間としては普通ですぅ!」
「人間の子供にポーション盗られて追いかけたとき、全然追いつけなかったよな」
「あれは……途中で靴が……」
サイズの合っていなかった靴が、脱げて転びそうになったのだ。
「引ったくりの子供は、裸足だったぞ。仮にも冒険者として、裸足の子供にも追いつけないとか、どうなんだよ。──ま、そういうときのために、オレがいるわけだけど!」
結局、盗られたポーションは一瞬でレッドが取り返してくれた。




