20.レッド①/レッド視点
アリアに置いて行かれた。
「荷物を置いていくから、ここで待ってて」
飼い主である少女は、そう言って走って行ってしまった。
追いかけたかったが、情けないことに脚が笑っちまって、立ち上がるのがやっとだった。
(アリアの命令があれば、走れるのに……!)
あいつは、奴隷の使い方を全くわかってない。
自ら率先して危険に飛び込んでいく主人がいるかよ。
危険なときこそ、奴隷を捨て駒に使うべきだろうが。
誰だって、自分の身が一番かわいい。
危険が迫れば、荷物を捨て、仲間を捨て、命からがら逃げ出すものだ。
少なくともオレがいた商会で、オレたちを安く使おうっていう人間には、そういう奴らが多かった。
建築や運送の人足として働く大型獣の先輩たちは、盗賊や魔獣が出たら終わりだと言っていた。
身体が大きい分、少しは戦えるからという理由で、時間稼ぎのために真っ先に見捨てられる。
野外の建築現場に置き去りにされ、死ぬまで魔獣と戦う羽目になる。だいたい、帰ってこない先輩はそこで死んだ。
馬車での移動中なら、荷物と一緒に馬車から投げ捨てられる。
人間たちは、軽くなった馬車でさっさと逃げ去るのだ。
低価格帯の奴隷の扱いなんて、そんなものだ。
オレたちの保証金は、馬車一台分より安い。
商人が荷物と人足奴隷を捨ててでも馬車で逃げようとするのは、馬車が一番高価だからだ。
(高価格帯のエルフや、希少な鬼人族なんかだと違うらしいが……)
生憎、高価格帯の奴隷を扱う商会には縁がないので、噂でしか聞いたことがない。
所詮オレたちは、逃げるときに荷物と一緒に捨てられるような、変えの利く道具なんだ。
――違いは、その道具を大切に扱うか、雑に使い捨てるかだけだ。
オレは小柄だったし、親譲りの技能があったから、力仕事の現場には借り出されなかった。その代わり、鍵開けの技術を買われて盗賊ギルドの一員になった。
さいわい、向いていたのか運が良かったのか、死なずに十三まで生きた。
でも、とうとう運が尽きたらしくて、馬車に轢かれて脚を折った。
それで、役立たずと酒場から蹴り出されたところで、アリアと出会った。
(そのときはアイリスと名乗っていたっけ……)
年上だと思っていた“アイリス”が、実はオレとそんなに年齢の変わらない、アリアという名前の女の子だったことには驚いた。
魔法薬に詳しい魔法使いだと思っていたアリアが、本当は伯爵家のお嬢様だと知ったときにも驚いたが、アイリスとアリアが同一人物だと知ったときには、驚いて何も言えなかった。
「――ああ、やっぱりキミにはバレちゃったか」
その上、奴隷身分の獣人に向かって謝るような女だった。
「ごめんね、騙すつもりはなかったのだけれど……」
自分も亜人種なのだとは、なかなか言い出せなかったのだと、色の違う右目を見せてくれた。
きれいな紅玉の色だった。
「だって嫌でしょう? 同じ亜人種から奴隷扱いされるなんて」
「同じじゃねえよ。エルフは、ただの獣人であるオレらより価値が高い。それに人間の中にも、奴隷身分の者はいるだろう?」
「それは犯罪奴隷の場合であって……」
今まで人間――いや、契約主とそんな話をしたことはなかった。
新しい主人は、奴隷制度は嫌いなのだと言って、オレのことを従者として扱うと言った。
給金まで出すと言い始め、逆にちょっとだけビビっていたのは秘密だ。
――そのアリアが、オレを置いていった。
ふいに、人間は愛玩動物を捨てるときには置き去りにするのだと聞いたことを思い出した。
箱に入れて道端に置き去りにするか、戻って来られない状態にして野山に置き去りにするのだ、と。
背中がぞくっとした。
――オレ、もしかして捨てられた?
急に寒気がして、目の前が真っ暗になった気がした。
何も聞こえないし、何も考えられなかった。
(ど……どうしよう)
後から考えたら、契約魔法が解けたわけでもないし、書き換えられたわけでもない。焦ることなど何もなかった。
アリアはまだオレの主人であり続けていたし、捨てるつもりなら治癒魔法をかけた後、ここまで連れて移動するはずもない。
あの場所に放置しておけば、オレは屍肉狙いの魔獣に食われて、きれいに片付いていたはずだ。事故ならば、商会に支払う保証料も少なくて済む。
でもそのときは、嫌な想像ばかりが頭に浮かんで、何も考えられなかったのだ。
まともに歩けもしない。
主人に治癒魔法をかけさせるような、弱っちい役立たず。
最後は結局、主人の毒霧に助けられた。
主人を守れなかった奴隷。
そんなもの、誰も必要としないよな――?
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