2.襲撃
「ヤべぇよ、アリア。あいつら、オレの知らない連中だ」
護衛が馬車から離れて間もなく、盗賊の襲撃が始まった。
盗賊らの顔を盗み見たレッドが、奴らは盗賊ギルドに所属していない者たちだ、というような意味のことを言った。
冒険者ギルドの一つである盗賊ギルドは、ダンジョン攻略に欠かせない専門技術を持った、いわばニッチな技能労働者の集団である。
盗賊と名がつくために聞こえは悪いが、多くはダンジョンでの盗掘──もとい発掘調査を生業としている。
もちろんギルドごとの特色があるため、積極的に窃盗や強盗などの悪事に手を染めている団体もあるが、それらはパーティーごとの掟が厳格であるため、あまり無体な仕事はしない。
一線を超えれば捕まる可能性が高まるからだ。
問題なのは、どこのギルドにも所属していない野良の盗賊たちである。
盗賊ギルドからもクビを言い渡されたような無法者──つまりは、殺しも辞さない本物の盗賊団だということだ。
レッドが所属していたのは、盗掘と窃盗を生業としている一般的な盗賊ギルドだった。
──とは言っても、猫族であるレッドは契約奴隷の扱いだったが。
獣人は種族に応じた特殊スキルを持っているため、生活上のさまざまな場面で重宝されるが、その多くは市民権を持たない奴隷である。
契約を交わした主人の所有物であり、魔法によって自由を制限されている。
冒険者ギルドの中でもそれは同じ──というより顕著で、所詮は特殊スキルと高い身体能力を目当てに売買される、便利なアイテムのようなものだった。
レッドは、とある盗賊ギルドから、用済みとして蹴り出されたところを、わたしが拾った。
怪我をして使えなくなったという理由で、捨てられたのだ。
わたしは、シーフとして盗むことが得意なら、盗まれないように守ることもできるのではないかと思い、その捨て猫を拾った。
怪我を治療し、従者として扱った。
二年近く前──まだローランド寄宿学校にわたしの学籍があったころの話だ。
その日から、彼はわたしの契約奴隷となった。
学生と冒険者の二重生活を送っていたわたしを、レッドは真摯に支えてくれた。
契約奴隷としてあちこちの盗賊ギルドを転々としていたレッドは、冒険者ギルドのシーフなら、ほとんどの者の顔を知っているのだ。由緒正しくダンジョン攻略に勤しむシーフではなく、窃盗が主体のパーティーばかりではあったが。
──まあ、自分を殴って蔑んだ者の顔など、そうそう忘れられるものではないというだけなのでしょうけれど。
馬車の周りに残っていた護衛が外で戦っている音がするが、時間の問題だ。
後衛職の三人では、二十人からいる盗賊を撃退はできないだろう。
乗り合わせていた子連れの三人家族と、郷里に帰るところだろう女性の二人組。町から村へ戻るところであろう、若いカップル。出稼ぎ帰りの男性が三人。
それから、多少の支援魔法は使えるけれど、採取専門の冒険者である戦えないわたしと、戦闘経験はあるだろうけれど対人戦闘のプロではなく、圧倒的な火力に欠ける盗賊のレッド。
これではどう見ても勝機はない。
そもそも、日の高いうちから襲撃をかけてきている時点で十分におかしい。
「……あいつら、全員殺せって言ってやがる」
レッドが耳ざとく外の話し声を聞き取った。
ああ、それはおかしいわね。
普通は「男は殺せ、女子供は生かして捕えろ」と言うのがセオリーでしょう。
わたしがそう言うと、レッドが呆れたような顔をした。
「アリア、呑気なこと言ってる場合かよ」
「だって……」
嫌な予感がする。
この後に及んでは嫌な予感しか、しない。
盗賊は明るいうちに襲撃を仕掛けてきた。
それは、周囲が──標的が──よく見えないと困るからだ。
女子供を生かして捕え、売り飛ばそうという性質の輩でもない。
魔物を倒しに行った護衛は帰ってこない。
乗り合わせた人々を見ても、様子のおかしな人はいない。
皆、正しく怯えている。
女性たちは攫われて乱暴される恐怖に怯えているが、それはこの場で殺されることを知らないからだ。
──本当は、この場で命を狙われるべきなのは、わたしだけだ。
「アリア、余計なことは言うなよ」
唐突にレッドが釘を刺してきた。
わかっている。
わたしが名乗り出れば、他のみんなは助かるかもしれない。
見逃してもらえるかもしれない。
見逃してもらえないかもしれない。
「いくらイーリースお継母様でも、ここまではしないと思っていたのだけれど……」
何度もわたしを殺そうとしてきたけれど、それは食事に毒を混ぜたり、直接刺客を差し向けてくるような手段で、無関係の人を巻き込むような方法ではなかった。
わたしの呟きは、悲鳴によってかき消された。
護衛がやられたらしい。
刺客の剣が馬車の分厚い幌を引き裂いた。
「アリア、オレに命令しろ!」
レッドがわたしの肩をつかんで大声をあげた。
「契約魔法が効いている限り、オレは死なない! 倒れない! 必ず、全員倒して、アリアを守る!」
運が悪いことに、ほかの乗客は全員、冒険者でもない一般人だ。
レッドに戦ってもらう以外、方法はなかった。
「オレが負けたらアリアも死ぬけど、オレが戦わなきゃ、生き残る可能性もなくなっちまうからな」
悩んでいる暇なんかなかった。
わたしは、小柄で痩せぎすの少年一人に、死にも等しい命令を下した。
「死なせはしないわ。だから、わたしを守って……」
後半は魔力を乗せて契約の呪いが発動するようにした。するしかなかった。
すでにかかっている契約魔法を利用した強制命令は、レッドを拘束もするが、守りもする。
「『──速やかに主人の安全を確保するべく、尽力なさい──』」
「リョーカイ!」
軽薄な返事をした赤毛の猫が、勢いよく馬車から飛び出した。
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