191.エルフになりたい② 人間(ヒト族)やめます
「それは、人間でありながら、わざわざ亜人種を名乗るということか?」
興味深そうにクロスが問い返してくる。
「虹彩異色だもの、どう見てもハーフエルフでしかないわ。今までも“人間の振りをするハーフエルフ”でしかなかったのだし、今さらよ」
わたしは自分の右目を指し示して答えた。
ノアさんにも、ジャックさんにも、シアンにも、ハーフエルフだと──名乗ったかどうかは覚えていないけれど、完全にハーフエルフだと思われている。わざと誤解させたような状態になっているのだ。
だからこの際、その誤解を本当のこととして押し通そうと思う。
本当なら、もっと早くに決断するべきだったのだ。
わたしの中から、人間であったころの意識が消えるまでに時間がかかって、決断を先延ばしにしていた。
自分が、人間として生きるには不自由な仕様であることを、わかっていながら曖昧にして過ごしてきたのだ。
ハーフエルフとして生まれた者は、遅かれ早かれどちらの種族として生きるか、選ばねばならない。
わたしのように、ハーフエルフとしての特徴が虹彩異色として表れている者は、人間社会で生きることは難しい。必然的に亜人種側を選ぶしかないのだけれど、亜人種の中にいても“混血”である事実からは逃れられない。
長耳の者も同様だ。真正エルフより格段に劣った魔力量や魔法適正などで、混血であることを見抜かれる。
エルフの血が容姿に表れなかった者は、短期間なら人間社会に溶け込むことができても、成長速度や老化速度が著しく遅いため、それを隠すためには常に流浪を余儀なくされる。
または、人間と同じ早さで老いることができても、魔力量の多さや優れた魔法適正から、疑いの目を向けられることがある。血統を証明するものがなければ、生きづらいこと、この上ない。
人間を装ったハーフエルフか、魔法が得意なだけの人間か、見た目では判断できないからだ。
わたしの場合は虹彩異色と魔力量と、両方の特徴が出ているから、人間として生活することは無理だ。
装身魔法で姿を誤魔化して町を歩くことはできるけれど、地域住民として溶け込むことはできない。
髪で片目を隠すことはできても、一度疑いを持たれたらお終いである。
アトリエを拠点としていられたのは、お姉さんたちが薄々気づいていながらも、種族の疑惑には触れないでいてくれたからだ。
歓楽街に近い雑然とした地区には、ワケありの住人が多い。前科者や移民や流民、出稼ぎ労働者、もちろん亜人種も隠れ住んでいる。
彼女たちもその辺りを理解しているから、お互いに深くは詮索しない。
「だから、家名がバレないように協力してほしくて……」
家名や両親の名前がバレれば、そこから疑問を持つ者が出るかもしれない。
両親が人間であるのに、なぜわたしがハーフエルフの容姿をしているのか。有名貴族の名を騙っているのか、はたまた亜人種を装った人間の間諜なのか──などと、不要な疑念を抱かれたくはない。
「バレそうになったら、庶子だとでも言って誤魔化してちょうだい」
門のところで、リオンはわたしの身分を剣にかけてまで請け合ってくれた。
その辺で拾った奴隷娘ではなく、ちゃんとした家柄の娘だという言い方をしてくれたのだ。
そのリオンが、わたしはヴェルメイリオ家の庶子だと言うのなら、疑われることもなく通るだろう。
庶子であっても血縁に亜人種が存在すること自体が恥であり、貴族家の汚点であるとして、一部の親族から命を狙われている。
そういう設定にすれば辻褄も合うし、問題はない。リオンに嘘を吐かせることにもならない。
そもそも、ローランド寄宿学校ではヴェルメイリオ家の私生児で通っていたのだ。亜人種として憎まれ、命を狙われていることも嘘ではない。
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