19.冒険者②
もしも今、目の前の魔法使いに魔力回復薬を渡すことができたなら、この戦闘は一瞬で終わるだろう。
恐ろしく攻撃魔法が得意そうだ。
属性は風だろう。エアロカッターを使っていた。
エアロカッターは風の刃で、刃渡は長剣か大鎌くらいはあり、初級の風魔法であるウインドカッターよりもはるかに殺傷力が高い。
(それより上の範囲攻撃というと……ストーム系かな……?)
「おい、そこのあんた! 魔力回復薬を持ってないか!?」
魔法使いが、こちらに視線を寄越して言った。
流石に、一匹づつチクチクと魔獣を刺す作業が面倒になってきたのだろう。
わたしは無言で首を横に振った。
どうせ彼も後で、わたしが魔力回復薬を持ち歩いていないことを責めるのだろう。
(冒険者って、みんなそう……)
昔は、回復役として他のパーティーに加わっていたこともあった。
新人冒険者ばかりのパーティーだったから、治癒魔法が使えるというだけで歓迎された。初級の治癒魔法でも、人より掛けられる回数が多いことを喜ばれた。
でもパーティーの仲間がレベルを上げて新しい魔法を覚えると、治癒魔法しか使えないメンバーは不要と言われて、追い出された。
(それは仕方がないことだと、わたしも思う)
自分たちのレベルやクエストの種類によってメンバーを入れ替えたり、臨時で募集するのはよくあることだ。いくら支援魔法が使えたところで結局、自分で自分の身も守れない弱い人間はお断りだということだ。
(それも、もっともだと思う)
でも、わたしが頭にきたのは、それが理由で追い出されたことではない。
みんな、わたしが魔力回復薬を持ち歩いていないことを責めた。
*
「アンタ魔法使いのクセに、なんで魔力回復薬の一本も持っていないのよ!」
あのとき、プリーストの少女はそう言った。
だからわたしは答えた。
「だって、必要ないから」
そう。わたしには、必要ないものだった。
「アンタに必要なくても、仲間なら譲り合うのが当然でしょ!」
「それは、パーティー加入の際の条件にはなかった」
「そんなの、言われなくても常識でしょっ! そんなこともわからないの!?」
気が強そうな子だとは思っていたけれど、実際に強烈だった。
「あなたの常識が世間の常識だとは限らない。……そもそもあなた、人のことを責められる立場なの? 覚えたての魔法を遊び半分で無駄打ちして、魔力枯渇寸前なのは自業自得でしょう」
頭ごなしに怒鳴られて、わたしも大人げなく言い返した。
こちとら、貴族界隈は長いのである。勢いで言い負かせると思ったら大間違いだ。貴族学校での争い事の基本は、まずは嫌味の応酬なのだ。
(シャーリーンに比べれば、全然可愛いものよ)
平民の冒険者少女がヒステリーを起こしたくらいで、いちいち動揺するはずもない。
今思うと、確かに子供と呼べる年齢だったけれど、ずいぶん子供っぽい真似をしたなと思う。
わたしの常識では、自分に必要ないアイテムを持ち歩くことは、お金とマジックポーチの無駄遣いだ。魔力回復薬は、わたしにとっては「消費アイテム」ではなく「納品アイテム」である。
確かに、仲間内で融通し合うことはあるだろう。駆け出しの、貧乏パーティーではよく聞く話だ。
わたしだって、アイテムをパーティー内で融通し合うことに異論はない。
持っていれば、魔力回復薬でも体力回復薬でも「一個貸しね」などと言って渡しただろう。
――ただし、魔力が枯渇しないわたしには、一生その「貸し」が帰ってくることはない。
それに、クエストに出る前、アイテムは何をいくつ持って行くか申告してあったのだ。聞いていなかったのは、プリーストちゃんの落ち度だと思う。
そもそも、魔力枯渇寸前まで、後先考えずに魔法を打ちまくったプリーストちゃんが悪い。
このようなことが、パーティーを変わっても何度かあり、どこへ行ってもわたしは魔力回復薬を持ち歩いていないこと――仲間に譲ろうとしないことを、ケチだ自分勝手だと責められ、「人よりちょっと魔力量が多いからっていい気になっている」と陰口を叩かれ、使えないからパーティーに入れるなと触れ回られた。
以来、わたしはソロで採取と納品専門の冒険者としてやってきた。
採取と納品に絞って依頼を受け、誰よりも高品質な薬を調合できるよう努力した。低レベル帯の採取依頼は安価だけれど、難しい調合をこなせるようになれば、単価が上がる。
錬金術寄りの調合も試した。
右目の恩寵や特殊な体質も相まって、中等部に上がるころには、下手にクエストに出るより稼げるようになっていた。
採取専門・納品専門という冒険者は珍しいこともあって、それなりにお得意様もできて、割のいい依頼を受けられるようになった。
安普請の狭いところだったけれど、工房として使う部屋も借りられるようになって、さあこれからというタイミングで、辺境行きを命じられた。
今となっては、辺境行き自体が罠だったのではないかとさえ思う。
お父様は、お祖父様のお屋敷から連絡が来たと言っていたけれど、それも本当かどうかわからない。
確かなのは、あのまま王都にいても、いずれイーリースお継母様に殺されるだろうということだった。
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