189.枕投げ論争
なんか、どうでもよくなってきた。
「審判はやらないわよ」
呆れたようにわたしは言った。
「えー!」
「枕投げって、そんなに面白いものでもないわよ」
少なくとも、わたしの知っている枕投げは。
不満の声を上げたのはリオンで、クロスは“然もありなん”という顔をしている。
枕投げというのは、怪我なく特定の人物を袋叩きにできて、それでいてイジメの類には見られにくいという、寄宿舎で集団生活をする子供にとっては、とても都合の良い遊びだ。
ローランドの寄宿舎も、低学年のうちは大部屋だったから、枕投げの経験なら何度もある。
投げても投げられても、就寝時間を過ぎてまで遊んでいるとして、寮監にはわたしが代表で怒られた。
力加減もとても難しくて、集中砲火を浴びせてきた子と同じだけの力で投げ返せば、痛いと泣かれ、軽く投げれば真面目にやれと怒られる。
どちらにしても、参加して楽しいことは何もない。
結局、同室の主立ったメンバーが寝静まるまで、自習室に隠れて本でも読んでいるのが、最も有意義な時間の使い方だった。
「リオン……お前は集団生活に幻想を抱き過ぎだ」
「大勢で寝泊まりするの、楽しそうじゃないか! 学院の寮生活とか、すっごく憧れてたのに!」
入寮は許可されなかった、としょんぼりするリオン。
犬族や狐族のように、ピンと立った獣耳を持つ獣人族なら、力なく耳が倒れていたことだろう。
そこに追い打ちをかけるようにクロスが正論を吐く。
「当たり前だろう。寮は田舎から出てきた地方貴族の子女のためだ。王都に実家がある坊々が何を言っている」
さらに、リオンの幻想を打ち砕くような体験談をレッドが付け加えた。
「オレも商会の寮にいたころは時々やったけど、調子に乗って騒いで、その後に“うるせーっ!”て先輩にぶん殴られるところまでがワンセットだったなぁ……」
リオンは思い描いていた寮生活や宿泊行事の別の側面を聞かされて、一気に素に戻る。
「アリアちゃんも?」
面白いものではないと言ったわたしの意見も聞きたいのか、リオンがこちらへ話題を振った。
「わたしも寮監にこっぴどく怒られたわよ、毎回」
両手が腫れ上がるまで、細い枝鞭で叩かれた。
寮監は、わたしが泣き喚いて許しを請わないことが気に入らなかったようで、生意気だ、反省の色がない、と通常の倍は打たれた。
それでも実家でシャーリーンの指揮の下、メイドたちに寄って集ってモップで殴られるのに比べれば、全然マシだったのだけれど。
「クロスは?」
今度はクロスに振る。
「あれは軽い集団的制裁であり、ただの迷惑だ」
クロスがすげなく答えた。
「女子寮ではどういう遊び方をするか知らないが、男子寮は枕投げだけでは済まない場合が多くてな、一番負けは簀巻きにされて廊下に放り出される」
「そして鍵を掛けられ、部屋から閉め出されるのよね」
「そんなところだ」
「どこでも似たようなものよ。解錠魔法は必須だったもの」
今さらながら、解錠魔法が無属性でよかったと思う。
冒険者登録をして、ギルドに出入りするようになってから、ダンジョンで使える初級の解錠魔法を覚えた。
ダンジョンに潜る予定はなかったけれど、無属性だったから習得したのだ。
ダンジョンでは、浅い階層に出現する宝箱と扉が開けられるくらいで、中階層にまで進むと鍵開けの専門職が必要になる。すぐに役に立たなくなる魔法だけれど、真価を発揮したのは意外にもダンジョンの外だった。
いたずらで教室や物置に閉じ込めたり、鍵を隠したりする嫌がらせは、集団生活の場ではよくあることだ。
さすがに、屋外に面した窓や扉や金庫、重要な部屋は対魔法処理が施された鍵が使われているけれど、寄宿舎の寝室やクローゼット、学内の実習室や教室などの鍵なら余裕で開く。
ちなみに初級のピッキングでも開く。
ただし、物理的なピッキングは下手をすると鍵穴周辺に傷跡を残すことがあるので、あまり学内では使えない。
そうかと言って、魔法での解錠ばかりしていると、なぜ閉じ込めたはずの者が平然と外に出ているのかと怪しまれるので、誤魔化すための小細工は必須である。
わたしたちが揃って集団生活の闇を話してしまったので、リオンが考え込んでしまった。
「俺、騙されてた?」
「騙されてはいないと思うが、何年も楽しみにするような遊びでもないぞ」
「ぶん殴られるの承知の悪ふざけでもあるからなー」
「リオンのお友達は、きっと正しく楽しんだのだと思うわ。遊び方は人それぞれだもの」
正しく旅先での娯楽として楽しむ者もいれば、集団生活における憂さ晴らしの手段として、巧妙に利用する者もいるというだけのこと。
リオンの友達なら、そこまで悪い人たちではないと思うから、単純な土産話だったのだろう。底意地の悪い遊び方をしていたなら、リオンが楽しみにするような話題になるはずもない。
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