184.特使問題とお化け
特使絡みの問題は、すぐには解決できそうにないので、いったん棚上げとなった。
ところで、リオンは「対処させますよ」なんて軽く言っているけれど、そんな伝手や権限を持っているのかしら?
(うーん……)
リオンは交友関係が広そうだから、地方の役人や特使程度になら顔が利くという友人が、複数いても不思議ではない。
特に貧乏貴族というのは、資産はなくても友人は多い。
ヴェルメイリオ家のような、変に資産がある家柄の貴族と違って、貴賤を問わない人が多いからだ。
リオンは旧アイスバーグ家のことがありながら、冒険者の道を選んだ人だからか、本来の性質だからなのか、貴族にも平民にも分け隔てなく接することができる。
家を追い出された令嬢にも、本当は奴隷身分のレッドにも、相応の敬意を払って接してくれる。
必要に応じて区別をすることはあるけれど、差別はしない。
人を見た目で判断しない、不思議な人だ。
(……それとも、冒険者活動の営業かしら?)
ギルドでは、指名依頼は割がいいと聞いたことがある。
指名料が上乗せされるために、通常の依頼よりも儲かるのだとか。
*
その後わたしたちは、ご夫婦に一通り宿の中を案内してもらって、夕食──宴の準備ができるまで、ゆっくり休むことにした。
(前の宿を飛び出してきてから、慌ただしかったものね……)
宴は完全に日が落ちてからになるということなので、まだ小一時間ほどはありそうだった。日は暮れかかっているが、完全には落ちていない。
(レッドがまた、空腹でキレないといいのだけれど……)
わたしの心配を察したのか、奥さんがキッチンにお茶と乾物くらいなら常備してあると教えてくれた。
話題に上っていたお風呂も、宴の後に順番で、ということに話がまとまった。
お好みで香草風呂にもできるということなので、これも楽しみだった。
ところが、最後の最後に旦那さんのほうが何やら不穏なことを言い出した。
「宴の準備が整ったら、モントレーかイザークが呼びに来る。おれも会場まで案内に付く。お客人には申し訳ないが、それまでは勝手に村の中を出歩かないでほしい。暗くなってからは、特にな」
──なんか怖いんですけど!!
「もしかして、例の特使の件が尾を引いているのかい?」
リオンが問う。
「ああ」と肯定した旦那さんは、後ろのほうにいたレッドにも声を掛ける。
「そっちの猫族のあんちゃんも、よろしく頼むよ。あんたは立派な獣人族だが、ヒト族と一緒にいる以上、ヒト族寄りだと見做される」
「わかった」
レッドが短く答えた。
「お嬢さんも、亜人種だとしても外出は控えてくれ。すまないな」
「あ、いえ……ご忠告ありがとうございます」
ノアさんとジャックさんにはハーフエルフで通していたから、それが伝わったようで、この集落でわたしは完全にハーフエルフということになっているようだった。
(説明すると余計にややこしくなりそうだから、黙っておこう)
それよりも、よかった。
(お化けが出るという話でなくて、本当によかった!!)
旦那さんの切り出し方が、昔読んだ恐怖小説にそっくりだったのだ。
それは“日が暮れた後は外に出るな”という忠告を無視して外出した登場人物が、死霊の類いに襲われたり、取り憑かれたりする話で、一人……また一人といなくなるという筋書きだった。
登場人物たちが冒険者で、聖属性の魔法を使えたり、アイテムを持っていたりすれば、ただのアンデッド退治の冒険譚だったのだけれど、そういう物語ではなかったのだ。
登場人物はただの無力な旅人で、魔物避けのアイテムを奪われたり、持っていても効かなかったりして、最後はとても嫌な結末で終わった。
冒険者の活躍を描く話ではなかったので、作中では死霊の類いを“お化け”や“幽霊”と呼んでいたのだ。
そしてさらに恐ろしいことに、そいつらは“魔物”として描かれてはいなかったから、倒しても魔石やアイテムをドロップしない。
命がけで退治しても、得られるアイテムは何もなし、ギルドの依頼で動いているわけでもないので報酬もなし。
仲間が次々と死んでいくだけの、気味の悪い話だった。
「そちらのヒト族のお二人は特に心得てください。亜人種の方と旅をされているならご存じと思いますが、獣人族は夜目が利きます。ヒト族の中で夜目が利くという者でも、比較にはなりません。実際にちょっかいを出してくるとは思えませんが、いたずら程度の悪さはしてくるかもしれませんから」
反撃すれば、人間と獣人族の間の溝が深まる。
反撃せずに逃げるとしても、夜道では獣人たちのほうが有利。
怪我をしない程度のいたずらだとしても、面白くない目に遭うに決まっている。
だから、分別ある村人が目を光らせていないときには、勝手に外出するなということだった。
どちらにしても、ノアさんたちの村で揉め事は起こしたくはない。忠告には従っておこうと思った。
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