181.民泊
再びイザークさんと、戻ってきたモントレーさんに案内されて、ぞろぞろと宿へ向かう。
宿屋は、王都に立ち並ぶそれらとは違って、集落の中にあっても目立たない、普通の民家のような佇まいだった。
看板がなければ、知らない者にはまず区別がつかない。強いて違いを挙げるなら、他の民家より少し大きいというくらいだ。
(看板、小さくて可愛いなあ)
手作りの看板に、思わずほっこりした。
木を削って色を塗った素朴な看板は、ただし人目を引かない程度には小さい。
(亜人種の旅人しか泊まらないから、儲けようとは思っていないのかしら……?)
「待たせてすまなかったな。ここが集落で一番大きな宿屋だ。もちろん、宿代なんかいらねえよ。なんなら、移住してくれたって構わないぞ」
「こちらは、もともと先代の族長が住んでいた家だ」
モントレーおじさんとイザークさんが説明してくれるので、疑問に思ったことを訊ねてみた。
「代替わりされたそうですが、先代の族長さんはどうされたのですか?」
「先代は、亡くなりました」
と、イザークさん。
(えっ)
「安心してくれ、寿命だ。大往生だったし、宿として隅々まで改装してある」
モントレーさんの答えにほっとした。
建物の中で人が亡くなっていることがわかっている場合、誰がどういう亡くなり方をしたか、確かめておくのは大切なことだ。気にしない人は全く気にしないものだけれど、わたしは気にする。
(だって、私の右目は視えすぎてしまうから)
「ご愁傷様です。──宿は皆さんで改装を?」
役場の家具や、宿の手作り看板から推測して、そう言った。
「ああ。集落の男衆は、家族で住むような家は自分たちで建てるぞ」
「まあ! それは凄いですね」
モントレーさんが当たり前のことのように言うので、少し大袈裟に相槌を打っておいた。
コミュニケーションの基本は、貴族のパーティーだろうと城下の町角だろうと同じである。たぶん、平原の集落でも変わらない。
人を誉めるときは少し大袈裟に。
あとは、どんなときも笑顔を忘れないこと。
この二つは、お姉さんたちから教わった。
「それでは今の族長さん──ノアさんと奥様はどちらにお住まいなのですか?」
一番大きい家に族長が住んでいないなら、どこに住んでいるのだろう。
普通は、領主や地方貴族など地位のある者は目立って大きな屋敷に住む。
それがわかりやすい権力の象徴だからだ。
逆に言えば、公爵家より伯爵家の屋敷が目立って大きくあってはならない。分をわきまえていることを示さなければならないのだ。
資産として家屋敷が欲しければ、別荘や別邸として場所を変え、時には名義も変えて、細かく分割するという方法がある。
(……それをやったのが、ヴェルメイリオ伯爵家なんだけれどね)
おかげで、実際にはどれくらいの資産があるか、外からは察しがつかないようになっている。
だから噂では、公爵家に匹敵する財力と言われているけれど、あくまでも噂の域を出ることはない。
「ノア族長は、先代から族長と地位と供にこの家も譲り受けたが、夫婦二人には大きすぎると言って、別の家に移られた」
「で、この家を集落にとって有意義なことに活用しろというから、宿屋に改装したってわけだ」
宿の管理を任されている、小柄な栗鼠族のご夫婦が出迎えてくれたので、挨拶を交わして宿の中へお邪魔する。
「全室貸し切りとなっておりますので、お部屋は好きな場所をお選びください。一人部屋から大部屋まで、各種取り揃えてございます」
「貸し切り……!?」
宿の奥さんの言葉に驚いた。
そこまでしていただかなくても、宿屋に泊めてもらえるだけでも十分なのに──と、わたしは思ったけれど、リオンもクロスも平然と受け入れているし、レッドも普通に嬉しそうにしている。
特にリオンは、部屋が広いと喜んでいた。
「じゃ、また後で、宴の準備が整ったら呼びに来るから!」
モントレーさんが栗鼠族のご夫婦に後のことを頼んで、忙しそうに去って行く。
「あれは気にするな。宴会芸の準備に奔走しているだけだ」
歓迎の宴で、あの滑稽な寸劇を上演するのだろうか。
「イザークさんは、一緒にリハーサルに行かなくて大丈夫なのですか?」
わたしがそう言うと、イザークさんが難しい顔をした。
「今回は歌と踊りがメインだ。寸劇はやらない……はずだ。たぶん」
もしかして、わたしたちが素っ気ない態度を取ったから?
ウケなかったから、演目から外すことにしたのだろうか。
(モントレーさん、ごめんなさい)
心の中でそっと、門番のおじさんに謝った。
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