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18.冒険者①

 魔法使いが一瞬こちらを見て、(うなず)いた気がした。

 大声を出したせいか、魔獣が一匹こちらに向かってきたので、動きを鈍らせる魔法(スロウ)を放って歩みを遅らせてから、急いで下がる。

 そこへ、魔法使いの青年がエアロカッターを放って切り(きざ)んだ。

 目の前で血飛沫を上げて四散する魔獣の胴と四肢。

(すごい……)

 エアロカッターは、盗賊団にいた魔法使いが使っていたファイアーアローより難しい技だ。

 ()よりも大きな魔力を、瞬時に幅広く鋭く練り上げなければならないため、魔法での戦闘に習熟した魔法使いでないと使えない。

(しかもあの人……短縮魔法も使っていない……)

 無詠唱だった。

 魔力を練り上げてから打ち出すまでが、ものすごく速い。

 杖は装備の中に仕込んでいるか、装備自体に魔法属性が付いているのかもしれない。腕を振り抜くだけで息をするように攻撃魔法を放っていた。

 あれを立て続けに打てれば、あっという間に魔獣を一掃できるだろう。

 それをしないのは、魔力を温存しているか、すでに残り魔力が少ないかどちらかだ。

 一撃必殺でも、中級魔法だからそれなりに魔力を消費する。


「クロス、俺の回復はいい! 範囲魔法で焼き払え!」

「無茶を言うな! 炎系の範囲魔法なんか使ったら、魔力枯渇で死ぬ! 使えないとは言わないが」

 なんか揉めている。

(うーん……時間かかりそうね……)


 魔獣の動きを鈍らせて、剣士の素早さを上げる支援魔法をかけられればいいのだけれど、魔獣が動き回っていて狙いを定めにくい。

 直接攻撃力のないバフやデバフ系の魔法でも、間違った相手に当たると大惨事になる。

(なるべく安全な支援だと何がいいかな……あ、魔法でなくてもいいかも)

 このやり方では魔獣に接近しなければならないから、知られたら後でレッドに怒られるだろうけど、アイテムとして持っていたあれ(・・)を使おう。


 わたしはマジックポーチの中から、飾り気のない透明な薬瓶を取り出した。

 これは相手に叩きつけて割る前提で作られているから、飾りも模様も何もない、安くて薄いだけのただのガラス瓶だ。

 中に入っている液体は、わたしお手製の麻痺毒(・・・)である。


 一般的な麻痺毒なら、ある程度の時間が経てば抜けるものだが、わたしのは一手間加えてあるから、人間ならまず三日間は寝たきりになる。

 大型の魔獣にもある程度は効果がある。動きを止めるまでは行かなくても、鈍らせることはできるだろう。

 納品依頼の薬なら、ここまでの威力には仕上げない。

 けれどこれは、わたしが自分の身を守るために開発したものだ。

 ギルドや町中で絡まれた程度で、いちいち致死性の毒を撒くわけにはいかないので、相手を牽制するために作った非致死性の毒である。

 ちなみに、専用の解毒薬は作っていない。

 三倍濃縮というだけなので、市販の解毒薬を三回以上摂取すれば治るのだけれど……普通はそこまで考えない。

 市販の解毒薬(一回分)を使っても、時間が経っても麻痺が消えないので、だんだんと周りの人間が焦り始める。

 そこで、不安に駆られて詰め寄ってきた仲間にわたしは言うのだ。

「解毒薬? そんなもの作っていないわ」と。

 彼らは真っ青になって帰っていった。

 前にギルドで因縁をつけてきた、とある冒険者パーティーの話である。


 死人は出ないし、三日後くらいに麻痺が消えた者も「運よく助かった」と思うのでお礼参りの心配も少ない。わたし(アリア)は解毒薬も作れないような毒を平然と撒くヤバい女と思われて、絡まれる回数も減る。

 誰も死なないこの毒が、わたしは結構好きだった。


 それを、ハイエナの背後にまわって背骨を狙って叩きつける。

 瓶が割れて魔獣の背中を薬液がじっとりと濡らす。

 意図に気づいた剣士の青年が、わざと魔獣を引きつけてくれたので狙いやすかった。

 薬瓶なら、的を外しても地面に落ちて割れるだけだ。もし間違って剣士の青年の方へ飛んで行っても、見える角度から投げているから、上手く避けてくれるだろう。

(これが魔法だと、回避できなくて当たっちゃったりするのよね……)

 でも、たかだか女の腕力で投げつけられた薬瓶を、見えているのに避けられないような剣士はいない。


 ハイエナ型魔獣の動きがガクンと落ちて、膝をついたところを、剣士が切り付けてとどめを刺す。その間に魔法使いは、初級の風魔法で魔獣を弱らせてから短剣で刺すという、今どき駆け出しの冒険者でもやらないような原始的な方法でハイエナ型魔獣を倒していた。


(ああいう戦い方もあるのね……)


 魔力が尽きて魔法が使えなくなった魔法使いなど、パーティーのお荷物になるだけでなく、純粋に命の危機だ。

 だから、冒険者パーティーに入っている魔法使いは、普通は必ず魔力回復薬を携帯している。お金に余裕があるのなら、体力回復(フィジカル)系の魔法薬や、各種治癒魔法と同等の効果がある魔法薬(ポーション)、バフ系・デバフ系の魔法薬などを買い揃え、魔力の温存に努めようとする。


(考えたことなかったなあ……)


 必要があれば、レッドが率先して戦ってくれた。

 わたしは離れたところから援護するだけだ。

 魔法使いではあるけれど、冒険者として討伐依頼を受けたことはない。採取依頼と納品依頼が専門だ。

 だから、自分が一人で魔獣と対峙した際に、途中で魔力が尽きたらどうなるか真剣に考えたことはなかった。

 最悪、無限にデバフをかけ続けたら、倒せなくても逃げ切ることはできる。

(ただし、わたしが疲労で倒れない限りは……ね)


 わたしは魔力回復薬のお世話になったことがない。

 魔力量だけは豊富なので、今まで魔力枯渇に陥ったことがないからだ。

 使える魔法も初級のものと生活魔法だけだから、何も考えずに連発しても魔力が足りなくなることはない。治癒魔法だけは、上級のものを使った時に少し多めに魔力を消費するけれど、それでも十回や二十回は余裕で放てる。

 だから、魔力回復薬を一本も持っていなかった。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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