179.好き嫌い
ウランさんとマイアさんとは、ひとしきり取り留めもない話をした。
イザークさんが追加で持ってきてくれたお茶と焼きモチは、最初のとはまた種類が違っていて、家庭ごとに味が違っているという話題では特に盛り上がった。
食べれば、村人ならだいたいは誰の作品か当てられるらしい。
「最初のは、モントレーの奥さんだろう?」
「そうね。二番目のは、家具屋さんの奥さんか、建具屋さんの娘さんだと思うわ」
「建具屋さんの納品は、隠居した婆ちゃんじゃなかったか?」
「お婆ちゃんは、この前ぎっくり腰になって寝込んでいるそうよ。今は、代わりにお孫さんが納品を引き受けているって聞いたわ」
「おっと、それは知らなかった。今度、見舞いにでも行くか……」
来客用のお茶請けは、役場が村人から買い上げることで賄っているという。
平原の集落では、近所にお菓子屋さんがあるわけもなく、当然ながらお茶請けも手作りなのだけれど、料理好きの奥さんたちが交替で作って納品し、お小遣い稼ぎをしているそうだ。
そんなわけなので、メニューは毎回違っていて、同じ焼きモチでも味が被ることはないらしい。
二種類目は、家具屋さんの奥さんか建具屋さんの娘さんが作ったであろう焼きモチで、ランチ向けの惣菜パンのような具材が包み込まれていた。
王都のパン屋さんで売っている惣菜パンとは、似ているようで微妙に異なる見た目をしている。
(王都の惣菜パンは、もっと丸くてこんもりしていたわね……)
こちらの焼きモチは、丸いが平べったい。
先のおやつ風味のものよりも少し厚く、ボリュームがある。
味については、王都のちゃんとした惣菜パンを食べたことがないから、比較することはできないのだけれど、素朴な美味しさが感じられる。
モチモチした皮を噛みしめていると、具材の味と相まって、後を引くような旨味が出た。
王都では、店舗を構えたパン屋さんの惣菜パンは、一つ一つがとても高価だったのだ。
売れ残りを辛抱強く狙うか、一回の食事がパンと水だけになる覚悟をしなければ、とても買う気にはなれなかった。
いつもわたしとレッドが買っていたのは、屋台で売っている一番安い惣菜パンで、具材がパン生地の中に練り込まれたり、包まれたりしているものではなく、上に少しばかりトッピングされた名ばかりの惣菜パンだった。
どこかの大店が卸売用に大量生産したものを、屋台で小売りしているのだ。
店舗型のパン屋さんと違って、焼き上げてから売るまでにすでに時間が経ってしまっているから、売れ残りの商品などには、固くなっていて噛みちぎるのに苦労するものもあった。
それでも、パサパサで味のしない古いパンや、カビが生えた石のようなパンに比べれば、わたしたちにとってはご馳走だった。値段も、店舗型のパン屋さんよりは、一回り安い。
わたしは新しい焼きモチの具材に、そぼろ肉が含まれていることに気づいて密かに感動していたのだけれど、それを態度に出さないように気をつけて、黙って味を楽しんだ。
ここで肉が入っているといって騒ぐと、またクロスに黙って食べるよう指摘されてしまう。
ウランさんとマイアさんは最後に、宴に出す食材について、わたしたちの好みなどを尋ねてから、支度に戻ると言って席を立った。
わたしもクロスも、特に好き嫌いはないと答えたのだけれど、リオンについてはわからない。食通らしいから、珍しい食べ物を好物にしていそうだと思って、クロスに尋ねてみた。
「リオンは、何か好きな食べ物とかあるのかしら?」
「リオンに好きな食べ物を答えさせるな。高級食材の名前しか言わなくなるぞ。確かに美味いが、市井に出回っていると思うな、というんだ」
「悪気はなさそうだけれどね」
「悪気がないのが余計に性質が悪い。とりあえず肉さえ食わしておけば黙るから、それでいいんじゃないか?」
苦手な食材はないようだ。
貴族の家で生まれ育ったというのに、好き嫌いがないとはこれも珍しいことだった。
ウランさんが遠慮はするなと繰り返すから、わたしはレッドが魚料理が食べたいと言っていたのを思い出して、希望に付け加えた。
「干物でも何でも構わないので、魚料理があれば一品いただけると嬉しいです」
結局のところ、全く料理の参考にならなそうな、肉と魚というありきたりな返答になって申し訳なかった。
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