178.放蕩息子
そうこうしているうちに、また入口に誰かが到着した気配があった。
今度イザークさんが案内してきたのは、小柄で清楚な、可愛らしい雰囲気の女性だった。
(ジャックさんの奥さん……?)
にしては、ずいぶんと若くて可愛らしい。
「族長補佐、人狼族ジャックの妻、マイアと申します」
再び、皆で「初めまして」の挨拶を繰り返しながら、席に着く。
リオンとレッドがいないので、ちょうど二人分の席が空いていたから、座ってイザークさんがお茶を持ってきてくれるのを待った。
「ジャックにはもったいない美人だろう?」
「もう! ウランったら、やめてちょうだい、お客様の前で」
照れるマイアさんの顔が可愛い。
そしてまた、その節は夫を助けてくださって云々からのお礼の応酬が始まる。
「そう言えばジャックさん、息子さんがいるっておっしゃっていましたけれど、」
ひとしきりお礼や挨拶が終わってから、わたしは息子さんの話題を出した。
ジャックさんが、泣くほど会いたがっていた息子さんである。あの後、ちゃんと会えたのだろうか、元気なのだろうかと少し気になった。
(名前は……なんだったかな……?)
名前は思い出せないけれど、ジャックさんが“生意気な息子がいる”というようなことを言っていたのは覚えている。
「それがねぇ……」
マイアさんが困った様子で頬に手を当てた。
マイアさんもジャックさんと同じ人狼族だろうけれど、髪色は違う。たぶん、虎より犬科の動物のほうが体色のバリエーションが多いからだろう。
ゆるいウェーブがかかった、明るいブラウンの髪の女性だ。
ウランさんが“格好いい”なら、マイアさんは“可愛らしい”という雰囲気だった。
(でも、ジャックさんとは一回りくらい歳が離れていそうな……)
ノアさんもジャックさんも、わたしのお父様くらいの年齢──庶民の間では“オッサン”と呼ばれるお年頃──のはずだけれど、マイアさんはお母様というより、お姉さんくらいの年齢に見える。
「どうかしたんですか? ジャックさん、すごく息子さんに会いたがっていましたよ」
命が助かって、生きてダンジョンから出られるとわかったとき、これで息子にもう一度会える……! と嬉し泣きするほど喜んでいたのだ。
「ユージュったら、またいなくなっちゃったのよ」
「いなくなった……?」
「ユージュの奴、また町にでも行ったのか?」
わたしとウランさんの声が被った。
「朝方、亜人種狩りを何人か捕まえて集落に戻ってきたところは見たのよ。でも、うちの人に伝言を頼もうと思って探したら、もういないの! あの調子じゃ、また一週間くらいは帰ってこないわねぇ……」
はああ、とマイアさんはため息を吐いた。
そうだ、ユージュという名前だった。
しかし一週間単位で帰ってこないとは、いったいどんな息子さんなのだろう。また、というからには頻繁にあるのだろう。
(確か、わたしと同じくらいの年齢だと言っていたような気がするけれど……)
マイアさんの様子からして、行き先も告げずに姿をくらましたようだ。
(……って、ちょっと待って! 今、さらっと“亜人種狩りを捕まえた”って言わなかった?)
マイアさんも、野ウサギを捕まえたみたいに言ったけれど、それは結構すごいことでは……?
「あっ、もしかして息子さん──ユージュさんて、冒険者なのですか?」
それなら、盗賊を捕まえたという話理解できる。
レッドだって、盗賊と戦ったのだ。ジャックさんの息子なら、きっと高レベルの冒険者なのだろう。
「あの子が? 冒険者?」
言った瞬間、マイアさんとウランさんが吹き出した。
「お嬢ちゃん、お世辞はいらないよ!」
「そうよアリアさん、気を使わなくていいのよ」
「?」
わたしが混乱していると、マイアさんが言った。
「あれはただの放蕩息子よ。まったく、どこで育て方を間違えたのか……家にも集落にも寄り付かず、仲間と連んで喧嘩ばかりして、ふらふらとその辺の村や町を遊び歩いているのよ」
冒険者なんてとんでもない! そんな立派なものではなく、ただ喧嘩が強いだけの子供なのよ、とマイアさんは突き放した言い方をする。
「まあまあ、今のところ、他人に迷惑をかけるような悪さはしていないようだから……」
ウランさんがなだめる。
「どうせ、逃げ足が速いから捕まっていないだけよ。あの子、昔から走るのだけは速かったもの」
「……」
はあ、とわたしは曖昧な返事をする。なんとも相槌の打ちようがない話題になってしまった。
「あの子が冒険者として立派に成長していたら、ぜひアリアさんにも会わせたかったのだけれど……あの放蕩振りじゃあ駄目ね。ユージュにはもったいない娘さんだわ」
「はあ……」
「ごめんなさいね。つまらない話ばかり聞かせてしまって」
「いえ……」
わたしは別に構わないけれど、クロスが何を言うかが気になった。
迷惑だと思ったら、はっきり口にする人だ。
ちらりとクロスを見ると、彼は写本に集中していて、こちらのことは気にも留めていない。
(杞憂だった……!)
おそらく、書き物をしやすいテーブルに満足しているのだろう。
女性のたわいないお喋りなど、小鳥のさえずり程度のものとして、全て聞き流していたに違いない。
どうりで挨拶の後は一言も喋らないわけである。
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