177.お茶受けと奥方
レッドとリオンが出て行った後、入れ違いでイザークさんが戻ってきて、お茶とお菓子を出してくれた。
お茶は薬草茶の中でも万人に好かれるマイルドなもの、お菓子は──お菓子と言うよりパンのようなものだった。
「粗茶ですが」
「ありがとうございます」
「こちら、お茶請けです。田舎のおやつだから、口に合うかどうかわからないが……」
「お茶、うけ?」
「茶菓子と呼ぶほど立派なものではないので、ここらでは茶請けと呼んでいる。これは“焼きモチ”というものだ。町で菓子パンと呼ばれているものの仲間というか……親戚みたいなものだな。これは甘く煮た野菜が練り込んであって、おやつとして人気の味だ」
「なんだか美味しそうね」
きっと、野菜嫌いの子供のためのおやつなのだわ。
わたしは、お礼を言って“焼きモチ”をいただくことにした。
「今、族長の奥方を呼びにやっている。あと、集落の女衆が総出で歓迎の宴を準備しているはずだ。今夜の食事はこちらで用意するから心配しなくていい。宿も整えさせるよう、モントレーが伝えに走っている」
モントレー?
あ、ひょっとして、茶耳の門番さんのことかな。
初めて茶耳おじさんの名前を知ったかも。
(……あれ? 今、族長の奥方──奥さん、って言った?)
族長さん本人の名前が出なかったな……と思っていると、写本に集中していたはずのクロスが顔を上げて言った。
「族長とやらはどうした?」
「族長と、族長補佐は現在、辺境伯からの依頼で外出中だ。戻りがいつになるかは……申し訳ないが、自分にはわからない」
「それでよくオレたちを招き入れたな」
「十分にもてなすよう、申し付かっている。──ああ、到着されたな」
イザークさんの耳がぴくりと動いて、外を向いた。
「詳しくは奥方殿から聞いてくれ」
そう言ってイザークさんは慌ただしく出て行った。
*
「遅くなってすまない。モントレーの奥さんから聞いて、宴会の準備を指示していたものだから」
現れた“奥方様”は、ものすごく予想を裏切るタイプの女性だった。
奥方などと仰々しい呼ばれ方をしているし、現にこの集落で一番偉い族長の奥さんなのだから、もっとこう……公爵夫人のような威厳のある方かと思っていたのだけれど、全然違っていた。
彼女の髪色には、とても見覚えがあった。
(ノアさんと同じだ……!)
わたしが会ったことのある獣人族は、そう多くはない。
その中でも“ダンジョン”とか“助けた”“助けられた”という枕詞が付く男性は、限られる。
「族長、虎人族ノアの妻、ウランという。その節は、夫を助けていただいて感謝する」
お互い「初めまして」と名乗り合っていると、彼女がそう言って深々と頭を下げた。
「あっ、こちらこそ!」
わたしも一緒になって頭を下げる。
「ノアさんとジャックさんは、わたしの──わたしと、シアンの命の恩人です。パワーレベリングさせてもらったり、その後も仕事を世話していただいたり、大変お世話になりました」
ノアさんたちとは、頻繁に連絡を取っていたわけではないけれど、町の中やギルドでときどき姿を見かけることはあった。
でも、わたしはハーフエルフの特徴である虹彩異色を隠して、人間として生活していたし、彼らは純然たる獣人族で、獣人ギルドに所属していて、紛うことなき亜人種だった。
お互いに、親しくしているところを見られると都合が悪いので、できるだけ関わらないようにして過ごしてきた。
(そういう気づかいができる人たちだった……)
だから、直接会って話すことは数えるほどだったけれど、元気にしていることはお互い遠目に確認していた。
それなのに、わたしが王都を出る少し前から姿を見かけなくなっていたから心配していたのだ。
(獣人ギルドの噂だと、故郷に帰ったという話だったのだけれど……)
故郷であるこの集落も留守にしているらしかった。
「ノアさんは、こちらの集落の族長さんだったのですね」
「ああ、少し前に代替わりして引き継いだ。ジャックは族長補佐だ。ジャックの嫁さん──マイアもじきに来るから、会ってやってくれ」
ウランと名乗った族長の奥さんは、なんというか豪快で男勝りな女性だった。
着ているものは男物のチュニックで、髪は王都の女性には珍しいショートヘア。
背が高くて、きっとノアさんと並んだら迫力があるのだろうな、と思わされた。
「ウランさんも虎人族なのですか?」
「ああ。あたしもダンナと同じ、虎人族だよ。この髪色は、虎人族の特徴さ」
わたしが彼女の髪に気を取られていたのに気付いたのか、ウランさんは大きく笑ってそう言った。
「ごめんなさい、じろじろ見てしまって。ノアさんと同じだな、と思ったので、つい……」
「いいって! ヒト族には珍しい色味だろ?」
素直にうなずいて、思っていたことを話す。
「ノアさんと出会ったときも、びっくりしました。王都では、若い男性が魔法で髪色を派手に染めることは珍しくないのですが、お父様くらいの年齢の男性が、それも金と黒の二色に染めているなんて、見たことがなかったので……」
「お嬢ちゃん、ヒト族にしては変わったところに注目するねえ。──あ、いや、貶しているわけじゃないんだよ。普通は、虎人族と見たらそれだけで嫌って、そいつの髪が何色かなんて覚えちゃいないもんさ」
「虎の被毛と同じ色ですもの、とてもお美しいです」
「ありがとう。中には派手だの下品だの言う奴もいるけど、この色はあたしら虎人族の誇りさ! お嬢ちゃん、よくわかってるじゃあないかっ」
ウランさんは、嬉しそうにわたしの頭をぐりぐりと撫でた。
「可愛いなああ。うちにも息子がいたらなあ、絶対嫁にもらうのにっっ」




