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176.やきもち/レッド視点

 仕方なく、とぼとぼと役場まで戻った。

 応接室には、茶を出されてくつろいでいるアリアとクロスがいる。

 二人とも分厚い本を広げているが、クロスは一生懸命に本を書き写していて、アリアは優雅に読書している──ように見えた。

 一見、お嬢様の優雅な暇つぶしのようだが、たぶんクロスに借りたという魔法学の教科書だろう。


「おかえりなさい。遅かったわね」

「捕まった亜人種狩りとやらを見に行って、ちょっとお喋りしてきたんだ。待たせてごめんね」

 と、明るく返すリオン。

 書写に熱中しているクロスからは、「ああ」と短い生返事があるだけだった。


「お茶、すっかり冷めちゃったわよ」

 席に着くリオンと、本を置いて立ち上がり、いそいそとお茶のポットに魔法を掛けるアリア。

 少しだけ、食べ物や飲み物に熱を与える生活魔法で、冷え切っていたものが“冷め始めたばかり”くらいの温さに戻る。

 アリアの生活魔法には、オレもずいぶんと世話になった。


「アリア、さっきはごめん。なんか、腹減ってイライラしててさ」

 オレはアリアの傍に行って頭を下げた。

 本当のことは言えなかった。

「そう……理由を教えてくれたら、それでいいわ。怒ってないから、」

「いや、怒れよ」

 使用人が無礼を働いたら、罰を与えるのが普通だろう。

「従者が空腹を満たせるよう、十分な対価を与えられないのは、主人の責任だもの。でも今度から、出ていく前に理由を教えてね」

「ごめん……」

 しまった。ヤブヘビだった。

 アリアに責任転嫁したみたいになった。

 

「あれは完全に、オレの個人的な八つ当たりだから、ご主人様(アリア)のせいじゃ……」

 言い終わる前に、口に何かを突っ込まれた。

 ちょっと甘い。

「お茶菓子もいただいているから、早く食べちゃいなさい。お腹空いてるのでしょう?」

 もがもが言いながら、口に突っ込まれたパンのような何かを、必死に噛みちぎって飲み込む。

「なんだこれ?」

 食べたことのない味だ。

「野菜を練り込んだ、おやつパンに似た食べ物だそうよ。日持ちする固パンと、食事パンの中間くらいのものらしいわ。この辺りの名物で、具材と味付けを変えることで、子供のおやつにも狩りの携行食にもなるみたい」

 もぐもぐもぐもぐ……。

 モチモチしていて噛みごたえがある。食感も味も、なかなかなくならない。

「腹持ちがいいらしいわよ。わたし、後で門番さんの奥さんに、これの作り方を教えてもらおうと思うの」

「ふーん……いいんじゃね?」

 王都の安い菓子パンだと、三秒くらいで食べ終わってしまうが、これはいつまでも噛んでいられる。

「名前は“焼きモチ”っていうらしいらしいわ」

 げほっ、ごほっ、げほっ!

 名前を聞いた瞬間、むせてしまった。

「大丈夫?」

 アリアが差し出した温い茶を、うなずきながら流し込んだ。


「最初は、焼いたパンのようなものだから“焼きパン”と呼んでいたらしいんだけど、モチモチしているからそのうち“焼きモチモチ”とか“焼きモチ”に名前が変わったらしいの」

「そ……そうなのか……」

 やばい。色々な意味で、危うく死ぬかと思った。


「アリアちゃんは、よっぽどこの“焼きモチ”が気に入ったんだね」

 なぜかリオンが殊更に“焼きモチ”という名前を強調して言う。

(くそっ、絶対ワザとだろ……!)

 リオンはオレがシアンに嫉妬したことを気づいている。

 たぶんクロスも。嫌味も小言も言ってこないのは、そのせいだ。

 何も理解していないのは、アリアだけだ。

 

「そうなの! 焼きモチは、パンみたいだけれどパンとは違う材料でできているから、わたしにも作れると思うの! 生地の中に具材を詰めたり練り込んだりするのは、腸詰肉(ソーセージ)を作るときの魔法で代用できるから、量産できると思うのよね!」

 魔法が使えるとなると、アリアは急にはしゃぎ出す。

 特に、魔法の新しい応用方法を見つけたときや、珍しい魔法を見つけたときは、子供みたいに楽しそうに喋る。

(……ったく、肉屋で腸詰肉を作る仕事をしたことがある伯爵令嬢は、後にも先にもアリアだけだろうよ)


“だって、保存食を作る魔法を覚えたから、採取より手っ取り早く稼げるかなと思ったんだもの”


 肉屋の依頼を受けた話をしていたとき、アリアはそう言った。

 “手っ取り早く稼ぐ”などという単語が伯爵令嬢の口から出る辺り、世も末である。


「捕虜とは楽しくお喋りできたか?」

 ようやく本から顔を上げるクロス。

 うん、と答えたリオンが一部始終を説明する。

 オレたちが急いで村を出る原因になった盗賊は、確かにアリアを追ってきた者たちだったが、馬車強盗とは別口らしいことを確かめた経緯だ。

「……となると、魔装兵団のほうが馬車強盗と繋がっているか」

「その可能性もあると思う。そっちは俺が友人(・・)に頼んで監視してもらうよ。あと、盗賊は、特務兵団で使ってもらうことにしたから。諜報部も、子飼いの部下が増えれば喜ぶだろう」

 何か、聞いたことのない組織名が聞こえた。

 特務兵団?

(諜報ってのは確か、斥候みたいな仕事だよな……?)

 盗賊団も大きくなればなるほど役割が分かれていて、下調べを専門にしている連中も、確かにいた。


「レッドが手伝ってくれたから、わりと素直に喋ってくれたよ」

「レッドったら、急にいなくなったと思ったら、そんなことしてたの?」

「えーと……」

 急にこっちに話を振られて戸惑った。

「オレは何もしてねえよっ」

 ぶち切れて怒鳴り散らしただけだ。

 頭から亜人種狩りだと信じ込んでいたから、追っ手だとは考えなかった。追っ手は魔装兵団のことだと思っていた。

「……リオンの尋問が上手かっただけだ。殴りもせずに喋らせた」


 オレは、盗賊が金の在処を聞き出すために人を脅すところしか見たことがないから、殴ったりナイフで切りつけたり、見せしめに何人かぶっ殺すような尋問の仕方しか知らない。

 人はだいたい、殴れば喋るものだ。

(オレも、尋問係のあの馬頭族と大差ないな)

 だから獣人族は脳筋とか言われてバカにされるのだろう。


「捕虜の尋問なんて、前線に出る騎士にとっては常識だよ?」

 リオンは、オレが前に「常識だ」と答えた台詞を真似したのか、殴らずに尋問する技術を知っていることは、貴族や正規兵にとっての常識なのだというように答えた。

「今の時代、下手に拷問なんかすると国際問題になりかねないからね〜」

 そして最後は、なんともフワフワした口調で締めくくった。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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