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175.痛み/レッド視点

 盗賊どもの姿が見えなくなり、飽きた獣人たちが散り散りに姿を消してから、リオンが言った。

「さ、そろそろ戻ろうか」

 オレは返事もせず、リオンの後ろをついて歩き出す。

「……」

 無意識に深いため息が出た。

 戻りたくない。アリアに会わせる顔がない。

(今さらどんな顔して戻ったらいいんだよ……)

 役場の建物が見えてきたところで、足が動かなくなった。

 オレが立ち止まった気配を察して、リオンが振り返る。


「さっきの盗賊たち、俺が村で見た奴らだったよ」

 てっきり、また説教されるのかと思ったら、リオンは全く別のことを言った。

「……最初に亜人種狩りだと言ったのは、嘘だったのかよ」

「うん。ちょっと脅そうと思ってね。レッドがいい具合に(あお)ってくれたから、上手くいったよ」

 そうかよ。

「慌てて宿を引き払ってきたけど、獣人族の人たちが捕まえてくれたなら、もう心配する必要はなくなったかな」

「とりあえずは、だろ」

 まだ、ナントカ兵団の連中がいる。くたばっていない限り、また追ってくるはずだ。

「魔装兵団のほうは、俺が友人に頼んで監視してもらうよ。あれは許可なく王都を出ていい組織ではないんだ。確固とした理由もなく出歩いているなら、国防をおろそかにしている──重要な仕事をサボっている、ってことだからね。きっと帰ってから上司に怒られているはずだよ」

「……」

 オレが返事をしないでいると、リオンは勝手に話し続けた。

「少し時間ができたから、この集落で馬を調達して、アリアちゃんに乗馬を覚えてもらおうと思っているんだ。練習のときは、レッドもサポートしてあげて欲しいな」

「……」


「どうして、あんなにイラついていたんだい?」

 とうとう、質問されたくなかったことを訊ねられた。

(理由がわかればオレだって苦労しねえよ……!)

 わかっているのは、この集落に到着してからだ、ということだけだった。

 集落に到着してから、何があっただろうか──?

 リオンにうながされて、オレは立ち止まったまま考えた。


 門のところで押し問答があって、あのときはリオンがアリアを庇ってくれた。

 オレでは口だけで切り抜けることはできなかったから、それは感謝している。

(この出来事じゃ、ないよな……)


 その後、アリアが鎌を掛けられて、引っ掛かった。

 せっかく名前や素性を隠そうとしていたのに、バレちまった。

 “この村にシアンがいるの!?”と、反射的にアリアはそう返したのだ。

(そうだ……)

 あの声を聞いてからだ。


 アリアの声のトーンが、いつもと違っていた。

 森に採取に行って、レアな素材を見つけたときのような。

 罠に掛かっていた野ネズミが思ったよりも大きくて、夕飯を大盛りにできそうだった日みたいな。

 嬉しそうな調子で、知らない奴の名前を呼んだ。


 オレは、アトリエに住まわせてもらっていたときは、アリアが作った魔石を売りに行く役目を任されていた。

 少しでも高く売りたかったから、魔石の相場は毎日チェックしていた。

 予定より高く売れた日には、少し自慢気に報告すると、アリアが笑顔で応えてくれた。

 “レッド、すごいね!”“がんばったね! ありがとう、レッド”と、名前を呼んで誉めてくれたんだ。

 そんな特別な瞬間に上げる、感激した声音で──オレじゃない、知らない奴の名前を呼んだ。


 しかも、会いたいと言ったんだ。

 今まで、ずっと一緒に過ごしてきたのはオレなのに。

 一緒に旅してきたのはオレなのに。

 そんなことは全部、忘れてしまったみたいに“シアンのことはずっと気になっていたから、会えたら嬉しい”とアリアは言った。ずっと、シアンに会いたかったのだ──と。


「悔しかった……」

 ポツリと口から出たのは、そんな言葉だった。

「なんで、オレじゃないんだろう……って」


 なんで、ダンジョンで出会ったのがオレじゃなかったんだろう。

 なんで、アリアが一番つらい思いをしていたときに、傍にいたのがオレじゃなかったんだろう。

 アリアがダンジョンに置き去りにされたとき、なんで助けてやれなかったんだろう。


 考えても仕方がないことはわかっている。

 オレがアリアに拾われる前の出来事だ。アリアが言ったように、オレには関係のない話で、オレにはアリアをなじる権利なんてない。それが許される身分でも、立場でもない。


 それでも、アリアがシアンの名前を口にする度に、腹とか胸を蹴り上げられたときみたいな鈍痛が走った。

 どんなにガードしても、盗賊の親分から一撃を食らえば、受け流し切れない痛みが突き刺さる。なけなしの防具のおかげで致命傷にはならないし、向こうも殺さない程度には手加減しているだろうから死ぬことはないが、もんどり打って壁際まで吹っ飛ばされる勢いだった。

 そんなふうに、見えない敵から攻撃されたような鈍い痛みが、何度も心臓の辺りを走った。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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